となる。
八
一本の浅葱桜《あさぎざくら》が夕暮を庭に曇る。拭き込んだ椽《えん》は、立て切った障子の外に静かである。うちは小形の長火鉢《ながひばち》に手取形《てとりがた》の鉄瓶《てつびん》を沸《たぎ》らして前には絞《しぼ》り羽二重《はぶたえ》の座布団《ざぶとん》を敷く。布団の上には甲野《こうの》の母が品《ひん》よく座《すわ》っている。きりりと釣り上げた眼尻の尽くるあたりに、疳《かん》の筋《すじ》が裏を通って額へ突き抜けているらしい上部《うわべ》を、浅黒く膚理《きめ》の細かい皮が包んで、外見だけは至極《しごく》穏やかである。――針を海綿に蔵《かく》して、ぐっと握らしめたる後、柔らかき手に膏薬《こうやく》を貼《は》って創口《きずぐち》を快よく慰めよ。出来得べくんば唇《くちびる》を血の出る局所に接《つ》けて他意なきを示せ。――二十世紀に生れた人はこれだけの事を知らねばならぬ。骨を露《あら》わすものは亡《ほろ》ぶと甲野さんがかつて日記に書いた事がある。
静かな椽に足音がする。今|卸《おろ》したかと思われるほどの白足袋《しろたび》を張り切るばかりに細長い足に見せて、変り色
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