ただ頼まれたから頼まれたなりに事を運べば好いものと心得ている。そうしてそれがもっとも法学士的で、法学士的はもっとも実際的で、実際的は最上の方法だと心得ている。浅井君はもっとも想像力の少ない男で、しかも想像力の少ないのをかつて不足だと思った事のない男である。想像力は理知の活動とは全然別作用で、理知の活動はかえって想像力のために常に阻害《そがい》せらるるものと信じている。想像力を待って、始めて、全《まっ》たき人性に戻《もと》らざる好処置が、知慧《ちえ》分別の純作用以外に活《い》きてくる場合があろうなどとは法科の教室で、どの先生からも聞いた事がない。したがって浅井君はいっこう知らない。ただ断われば済むと思っている。淋しい小夜子の運命が、夫子《ふうし》の一言《いちごん》でどう変化するだろうかとは浅井君の夢にだも考え得ざる問題である。
 浅井君が無意味に小夜子を眺めているうちに、孤堂《こどう》先生は変な咳を二つ三つ塞《せ》いた。小夜子は心元なく父の方《かた》を向く。
「御薬はもう上がったんですか」
「朝の分はもう飲んだよ」
「御寒い事はござんせんか」
「寒くはないが、少し……」
 先生は右の手頸《てくび》へ左の指を三本|懸《か》けた。小夜子は浅井のいる事も忘れて、脈をはかる先生の顔ばかり見詰めている。先生の顔は髯《ひげ》と共に日ごとに細長く瘠《や》せこけて来る。
「どうですか」と気遣《きづか》わし気《げ》に聞く。
「少し、早いようだ。やっぱり熱が除《と》れない」と額に少し皺《しわ》が寄った。先生が熱度を計って、じれったそうに不愉快な顔をするたびに小夜子は悲しくなる。夕立を野中に避けて、頼《たより》と思う一本杉をありがたしと梢《こずえ》を見れば稲妻《いなずま》がさす。怖《こわ》いと云うよりも、年を取った人に気の毒である。行き届かぬ世話から出る疳癪《かんしゃく》なら、機嫌《きげん》の取りようもある。気で勝てぬ病気のためなら孝行の尽しようがない。かりそめの風邪《かぜ》と、当人も思い、自分も苦《く》にしなかった昨日今日《きのうきょう》の咳《せき》を、蔭へ廻って聞いて見ると、医者は性質《たち》が善くないと云う。二三日で熱が退《ひ》かないと云って焦慮《じれ》るような軽い病症ではあるまい。知らせれば心配する。云わねば気で通す。その上|疳《かん》を起す。この調子で進んで行くと、一年の後《のち
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