静かなる昼を、静かに栞《しおり》を抽《ぬ》いて、箔《はく》に重き一巻を、女は膝の上に読む。
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「墓の前に跪《ひざま》ずいて云う。この手にて――この手にて君を埋《うず》め参らせしを、今はこの手も自由ならず。捕われて遠き国に、行くほどもあらねば、この手にて君が墓を掃《はら》い、この手にて香《こう》を焚《た》くべき折々の、長《とこ》しえに尽きたりと思いたまえ。生ける時は、莫耶《ばくや》も我らを割《さ》き難きに、死こそ無惨《むざん》なれ。羅馬《ロウマ》の君は埃及《エジプト》に葬むられ、埃及なるわれは、君が羅馬に埋《うず》められんとす。君が羅馬は――わが思うほどの恩を、憂《う》きわれに拒《こば》める、君が羅馬は、つれなき君が羅馬なり。されど、情《なさけ》だにあらば、羅馬の神は、よも生きながらの辱《はずかしめ》に、市《いち》に引かるるわれを、雲の上よりよそに見たまわざるべし。君が仇《あだ》なる人の勝利を飾るわれを。埃及の神に見離されたるわれを。君が片身と残したまえるわが命こそ仇なれ。情ある羅馬の神に祈る。――われを隠したまえ。恥見えぬ墓の底に、君とわれを永劫《えいごう》に隠したまえ。」
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女は顔を上げた。蒼白《あおしろ》き頬《ほお》の締《しま》れるに、薄き化粧をほのかに浮かせるは、一重《ひとえ》の底に、余れる何物かを蔵《かく》せるがごとく、蔵せるものを見極《みき》わめんとあせる男はことごとく虜《とりこ》となる。男は眩《まばゆ》げに半《なか》ば口元を動かした。口の居住《いずまい》の崩《くず》るる時、この人の意志はすでに相手の餌食《えじき》とならねばならぬ。下唇《したくちびる》のわざとらしく色めいて、しかも判然《はっき》と口を切らぬ瞬間に、切り付けられたものは、必ず受け損う。
女はただ隼《はやぶさ》の空を搏《う》つがごとくちらと眸《ひとみ》を動かしたのみである。男はにやにやと笑った。勝負はすでについた。舌を※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]頭《あごさき》に飛ばして、泡吹く蟹《かに》と、烏鷺《うろ》を争うは策のもっとも拙《つた》なきものである。風励鼓行《ふうれいここう》して、やむなく城下《じょうか》の誓《ちかい》をなさしむるは策のもっとも凡《ぼん》なるものである。蜜《みつ》を含んで針を吹き、酒を強《し》いて毒を盛るは策のいま
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