って家《うち》を持ってからその婆さんを雇ったんだろう」
「雇ったのは引き越す時だが約束は前からして置いたのだからね。実はあの婆々《ばばあ》も四谷の宇野《うの》の世話で、これなら大丈夫だ独《ひと》りで留守をさせても心配はないと母が云うからきめた訳さ」
「それなら君の未来の妻君の御母《おっか》さんの御眼鏡《おめがね》で人撰《じんせん》に預《あずか》った婆さんだからたしかなもんだろう」
「人間はたしかに相違ないが迷信には驚いた。何でも引き越すと云う三日前に例の坊主の所へ行って見て貰ったんだそうだ。すると坊主が今本郷から小石川の方へ向いて動くのははなはだよくない、きっと家内に不幸があると云ったんだがね。――余計な事じゃないか、何も坊主の癖にそんな知った風な妄言《もうごん》を吐《は》かんでもの事だあね」
「しかしそれが商売だからしようがない」
「商売なら勘弁してやるから、金だけ貰って当り障《さわ》りのない事を喋舌《しゃべ》るがいいや」
「そう怒っても僕の咎《とが》じゃないんだから埓《らち》はあかんよ」
「その上若い女に祟《たた》ると御負けを附加《つけた》したんだ。さあ婆さん驚くまい事か、僕のうち
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