車で来て見たの、そうして昨夕の事を、みんな婆やから聞いてよ」と婆さんを見て笑い崩れる。婆さんも嬉しそうに笑う。露子の銀のような笑い声と、婆さんの真鍮《しんちゅう》のような笑い声と、余の銅のような笑い声が調和して天下の春を七円五十銭の借家《しゃくや》に集めたほど陽気である。いかに源兵衛村の狸でもこのくらい大きな声は出せまいと思うくらいである。
 気のせいかその後《ご》露子は以前よりも一層余を愛するような素振《そぶり》に見えた。津田君に逢った時、当夜の景況を残りなく話したらそれはいい材料だ僕の著書中に入れさせてくれろと云った。文学士津田|真方《まかた》著幽霊論の七二頁にK君の例として載《の》っているのは余の事である。



底本:「夏目漱石全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1987(昭和62)年10月27日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月
入力:柴田卓治
校正:LUNA CAT
2000年8月31日公開
2004年2月26日修正
青空文庫作成ファイル:
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