か、私に同意なさるかで事はきまります。
 忘れました。局部内容発現の芸術でもっとも旨かったのは蝙蝠安《こうもりやす》ですな。あれは旨い。本当にできてる。ゆすりをした経験のある男が正業について役者になったんでなければ、ああは行くまいと思いました。顔もごろつきそうな顔でしょう。あれが髭《ひげ》を生《は》やして狩衣《かりぎぬ》を着て楠正成の家来になってたから驚いた。
 次に内容と全く独立した。と云うより内容のない芸術がありますが、あれは私にも少々分る。鷺娘《さぎむすめ》がむやみに踊ったり、それから吉原|仲《なか》の町《ちょう》へ男性、中性、女性の三性が出て来て各々《おのおの》特色を発揮する運動をやったりするのはいいですね。運動術としては男性が一番|旨《うま》いんだそうですが、私はあの女性が好きだ、好い恰好《かっこう》をしているじゃありませんか。それに色彩が好い。
 色彩は私には大変な影響を及ぼします。太功記《たいこうき》の色彩などははなはだ不調和極まって見えます。加藤清正が金釦《きんボタン》のシャツを着ていましたが、おかしかったですよ。光秀のうちは長屋ですな。あの中にあんな綺麗《きれい》な着
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