成立しているのだという考がどこからか出て来て急に不安になるのです。そうして早々自分の穴へ帰りたくなるんです。
そのときはまだ好いが、次にきっと自分も人から見れば、やっぱり浮いた顔をして、得意な調子をふりまわしているんだろうと気がつくのです。そうするといかにも自分に対して面目なくなります。その次には、自分の浮気や得意はこの場限りで、もう少しすると平生の我に帰るのだが、ほかの人のは、これが常態であって、家へ帰っても、職務に従事しても、あれでやっているんだと己惚《うぬぼ》れます。すると自分はどうしてもここにいるべきではないとなる。宅《うち》へ帰って、一二時間黙坐して見たいなんて気が起ります。
そのくせ周囲の空気には名状すべからざる派出《はで》な刺激があって、一方からいうと前後を忘れ、自我を没して、この派出な刺激を痛切に味いたいのだから困ります。その意味からいうと、美々しい女や華奢《きゃしゃ》な男が、天地神明を忘れて、当面の春色に酔って、優越な都会人種をもって任ずる様や、あるいは天下をわがもの顔に得意にふるまうのが羨《うらや》ましいのです。そうかと云ってこの人造世界に向って猪進《ちょしん》
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