明けた。すると、つい鼻の先で植木屋がせっせと梧桐《あおぎり》の枝をおろしている。可なり大きく延びた奴を、惜気《おしげ》もなく股《また》の根から、ごしごし引いては、下へ落して行く内に、切口の白い所が目立つくらい夥《おびただ》しくなった。同時に空《むな》しい空が遠くから窓にあつまるように広く見え出した。豊三郎は机に頬杖《ほおづえ》を突いて、何気《なにげ》なく、梧桐《ごとう》の上を高く離れた秋晴を眺めていた。
豊三郎が眼を梧桐から空へ移した時は、急に大きな心持がした。その大きな心持が、しばらくして落ちついて来るうちに、懐《なつ》かしい故郷《ふるさと》の記憶が、点を打ったように、その一角にあらわれた。点は遥《はる》かの向《むこう》にあるけれども、机の上に乗せたほど明らかに見えた。
山の裾《すそ》に大きな藁葺《わらぶき》があって、村から二町ほど上《のぼ》ると、路は自分の門の前で尽きている。門を這入《はい》る馬がある。鞍《くら》の横に一叢《ひとむら》の菊を結《ゆわ》いつけて、鈴を鳴らして、白壁の中へ隠れてしまった。日は高く屋《や》の棟《むね》を照らしている。後《うしろ》の山を、こんもり隠す松の
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