茶の御馳走《ごちそう》になったのだという。おれが持っているよりも安心かも知れないと老人は倅に云った。倅はそうかも知れませんと答えた。小供は三日間鉄砲玉ばかり食っていた。

     紀元節

 南向きの部屋であった。明《あ》かるい方を背中にした三十人ばかりの小供が黒い頭を揃《そろ》えて、塗板《ぬりばん》を眺めていると、廊下から先生が這入《はい》って来た。先生は背の低い、眼の大きい、瘠《や》せた男で、顎《あご》から頬《ほお》へ掛けて、髯《ひげ》が爺汚《じじむさ》く生《は》えかかっていた。そうしてそのざらざらした顎の触《さわ》る着物の襟《えり》が薄黒く垢附《あかづ》いて見えた。この着物と、この髯の不精《ぶしょう》に延びるのと、それから、かつて小言《こごと》を云った事がないのとで、先生はみなから馬鹿にされていた。
 先生はやがて、白墨を取って、黒板に記元節と大きく書いた。小供はみんな黒い頭を机の上に押しつけるようにして、作文を書き出した。先生は低い背を伸ばして、一同を見廻していたが、やがて廊下伝いに部屋を出て行った。
 すると、後《うしろ》から三番目の机の中ほどにいた小供が、席を立って先生の
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