》ったかになった。晴々《せいせい》して、家《うち》へ帰って書斎に這入ると、洋灯《ランプ》が点《つ》いて窓掛《まどかけ》が下りている。火鉢には新しい切炭《きりずみ》が活《い》けてある。自分は座布団《ざぶとん》の上にどっかりと坐った。すると、妻が奥から寒いでしょうと云って蕎麦湯《そばゆ》を持って来てくれた。お政さんの容体《ようだい》を聞くと、ことによると盲腸炎になるかも知れないんだそうですよと云う。自分は蕎麦湯を手に受けて、もし悪いようだったら、病院に入れてやるがいいと答えた。妻はそれがいいでしょうと茶の間へ引き取った。
妻《さい》が出て行ったらあとが急に静かになった。全くの雪の夜《よ》である。泣く子は幸いに寝たらしい。熱い蕎麦湯《そばゆ》を啜《すす》りながら、あかるい洋灯《ランプ》の下で、継《つ》ぎ立ての切炭《きりずみ》のぱちぱち鳴る音に耳を傾けていると、赤い火気《かっき》が、囲われた灰の中で仄《ほのか》に揺れている。時々薄青い焔《ほのお》が炭の股《また》から出る。自分はこの火の色に、始めて一日の暖味《あたたかみ》を覚えた。そうしてしだいに白くなる灰の表を五分ほど見守っていた。
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