らいなら僕は何もこんなに骨を折りはしないさと云って、また二本の指を揃《そろ》えて真黒なシュミッドをぴしゃぴしゃ敲《たた》き始めた。
「全体いつ頃《ごろ》から、こんな事を御始めになったんですか」
 先生は立って向うの書棚《しょだな》へ行って、しきりに何か捜《さが》し出したが、また例の通り焦《じ》れったそうな声でジェーン、ジェーン、おれのダウデンはどうしたと、婆さんが出て来ないうちから、ダウデンの所在《ありか》を尋ねている。婆さんはまた驚いて出て来る。そうしてまた例のごとくヒヤ、サーと窘《たしな》めて帰って行くと、先生は婆さんの一拶《いっさつ》にはまるで頓着《とんじゃく》なく、餓《ひも》じそうに本を開けて、うんここにある。ダウデンがちゃんと僕の名をここへ挙《あ》げてくれている。特別に沙翁《さおう》を研究するクレイグ氏と書いてくれている。この本が千八百七十……年の出版で僕の研究はそれよりずっと前なんだから……自分は全く先生の辛抱に恐れ入った。ついでに、じゃいつ出来上るんですかと尋ねて見た。いつだか分るものか、死ぬまでやるだけの事さと先生はダウデンを元の所へ入れた。
 自分はその後《ご》しばら
前へ 次へ
全123ページ中121ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング