右へ曲った。その時自分の頭は突然|先刻《さっき》の鳥の心持に変化した。そうして女に尾《つ》いて、すぐ右へ曲った。右へ曲ると、前よりも長い露次が、細く薄暗く、ずっと続いている。自分は女の黙って思惟するままに、この細く薄暗く、しかもずっと続いている露次の中を鳥のようにどこまでも跟いて行った。
変化
二人は二畳敷の二階に机を並べていた。その畳の色の赤黒く光った様子がありありと、二十余年後の今日《こんにち》までも、眼の底に残っている。部屋は北向で、高さ二尺に足らぬ小窓を前に、二人が肩と肩を喰っつけるほど窮屈な姿勢で下調《したしらべ》をした。部屋の内が薄暗くなると、寒いのを思い切って、窓障子《まどしょうじ》を明け放ったものである。その時窓の真下の家《うち》の、竹格子《たけごうし》の奥に若い娘がぼんやり立っている事があった。静かな夕暮などはその娘の顔も姿も際立《きわだ》って美しく見えた。折々はああ美しいなと思って、しばらく見下《みおろ》していた事もあった。けれども中村には何にも言わなかった。中村も何にも言わなかった。
女の顔は今は全く忘れてしまった。ただ大工か何かの娘らしかったと
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