鳥はどんな心持で自分を見ているだろうかと考えた。
やがて散歩に出た。欣々然《きんきんぜん》として、あてもないのに、町の数をいくつも通り越して、賑《にぎや》かな往来《おうらい》を行ける所まで行ったら、往来は右へ折れたり左へ曲ったりして、知らない人の後《あと》から、知らない人がいくらでも出て来る。いくら歩いても賑《にぎや》かで、陽気で、楽々しているから、自分はどこの点で世界と接触して、その接触するところに一種の窮屈を感ずるのか、ほとんど想像も及ばない。知らない人に幾千人となく出逢《であ》うのは嬉《うれ》しいが、ただ嬉しいだけで、その嬉しい人の眼つきも鼻つきもとんと頭に映らなかった。するとどこかで、宝鈴《ほうれい》が落ちて廂瓦《ひさしがわら》に当るような音がしたので、はっと思って向うを見ると、五六間先の小路《こうじ》の入口に一人の女が立っていた。何を着ていたか、どんな髷《まげ》に結《ゆ》っていたか、ほとんど分らなかった。ただ眼に映ったのはその顔である。その顔は、眼と云い、口と云い、鼻と云って、離れ離れに叙述する事のむずかしい――否、眼と口と鼻と眉《まゆ》と額といっしょになって、たった一つ自
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