じむこう》の医者の門の傍《わき》へ来て、例の冴《さ》え損《そこ》なった春の鼓《つづみ》をかんと打つと、頭の上に真白に咲いた梅の中から、一羽の小鳥が飛び出した。歯入は気がつかずに、青い竹垣をなぞえに向《むこう》の方へ廻り込んで見えなくなった。鳥は一摶《ひとはばたき》に手摺の下まで飛んで来た。しばらくは柘榴《ざくろ》の細枝に留《とま》っていたが、落ちつかぬと見えて、二三度|身《み》ぶりを易《か》える拍子《ひょうし》に、ふと欄干《らんかん》に倚《よ》りかかっている自分の方を見上げるや否や、ぱっと立った。枝の上が煙《けむ》るごとくに動いたと思ったら、小鳥はもう奇麗《きれい》な足で手摺の桟《さん》を踏《ふ》まえている。
 まだ見た事のない鳥だから、名前を知ろうはずはないが、その色合が著《いちじ》るしく自分の心を動かした。鶯《うぐいす》に似て少し渋味《しぶみ》の勝った翼《つばさ》に、胸は燻《くす》んだ、煉瓦《れんが》の色に似て、吹けば飛びそうに、ふわついている。その辺《あたり》には柔《やわら》かな波を時々打たして、じっとおとなしくしている。怖《おど》すのは罪だと思って、自分もしばらく、手摺に倚った
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