たった二人|淋《さび》しく立った。雨ばかり見える。叔父さんは笠の中から空を仰いだ。空は茶壺《ちゃつぼ》の葢《ふた》のように暗く封じられている。そのどこからか、隙間《すきま》なく雨が落ちる。立っていると、ざあっと云う音がする。これは身に着けた笠と蓑にあたる音である。それから四方の田にあたる音である。向うに見える貴王《きおう》の森《もり》にあたる音も遠くから交って来るらしい。
森の上には、黒い雲が杉の梢《こずえ》に呼び寄せられて奥深く重なり合っている。それが自然《じねん》の重みでだらりと上の方から下《さが》って来る。雲の足は今杉の頭に絡《から》みついた。もう少しすると、森の中へ落ちそうだ。
気がついて足元を見ると、渦《うず》は限《かぎり》なく水上《みなかみ》から流れて来る。貴王様の裏の池の水が、あの雲に襲われたものだろう。渦の形が急に勢《いきお》いづいたように見える。叔父さんはまた捲《ま》く渦を見守って、
「獲《と》れる」とさも何物をか取ったように云った。やがて蓑《みの》を着たまま水の中に下りた。勢いの凄《すさま》じい割には、さほど深くもない。立って腰まで浸《つか》るくらいである。叔父さんは河の真中に腰を据《す》えて、貴王の森を正面に、川上に向って、肩に担《かつ》いだ網をおろした。
二人は雨の音の中にじっとして、まともに押して来る渦の恰好《かっこう》を眺めていた。魚がこの渦の下を、貴王の池から流されて通るに違いない。うまくかかれば大きなのが獲れると、一心に凄《すご》い水の色を見つめていた。水は固《もと》より濁っている。上皮《うわかわ》の動く具合だけで、どんなものが、水の底を流れるか全く分りかねる。それでも瞬《まばたき》もせずに、水際《みずぎわ》まで浸った叔父さんの手首の動くのを待っていた。けれどもそれがなかなかに動かない。
雨脚《あまあし》はしだいに黒くなる。河の色はだんだん重くなる。渦の紋《もん》は劇《はげ》しく水上《みなかみ》から回《めぐ》って来る。この時どす黒い波が鋭く眼の前を通り過そうとする中に、ちらりと色の変った模様《もよう》が見えた。瞬《まばたき》を容《ゆる》さぬとっさの光を受けたその模様には長さの感じがあった。これは大きな鰻《うなぎ》だなと思った。
途端《とたん》に流れに逆《さか》らって、網の柄《え》を握っていた叔父さんの右の手首が、蓑の下から肩
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