不思議だ」と仔細《しさい》らしく髯を撚《ひね》る。「わしは歌麻呂《うたまろ》のかいた美人を認識したが、なんと画《え》を活《い》かす工夫はなかろか」とまた女の方を向く。「私《わたし》には――認識した御本人でなくては」と団扇のふさを繊《ほそ》い指に巻きつける。「夢にすれば、すぐに活《い》きる」と例の髯が無造作《むぞうさ》に答える。「どうして?」「わしのはこうじゃ」と語り出そうとする時、蚊遣火《かやりび》が消えて、暗きに潜《ひそ》めるがつと出でて頸筋《くびすじ》にあたりをちくと刺す。
「灰が湿《しめ》っているのか知らん」と女が蚊遣筒を引き寄せて蓋《ふた》をとると、赤い絹糸で括《くく》りつけた蚊遣灰が燻《いぶ》りながらふらふらと揺れる。東隣で琴《こと》と尺八を合せる音が紫陽花《あじさい》の茂みを洩《も》れて手にとるように聞え出す。すかして見ると明け放ちたる座敷の灯《ひ》さえちらちら見える。「どうかな」と一人が云うと「人並じゃ」と一人が答える。女ばかりは黙っている。
「わしのはこうじゃ」と話しがまた元へ返る。火をつけ直した蚊遣の煙が、筒に穿《うが》てる三つの穴を洩れて三つの煙となる。「今度はつき
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