かな、脚気かな」
残る二人は夢の詩か、詩の夢か、ちょと解しがたき話しの緒《いとぐち》をたぐる。
「女の夢は男の夢よりも美くしかろ」と男が云えば「せめて夢にでも美くしき国へ行かねば」とこの世は汚《けが》れたりと云える顔つきである。「世の中が古くなって、よごれたか」と聞けば「よごれました」と※[#「糸+丸」、第3水準1−89−90]扇《がんせん》に軽《かろ》く玉肌《ぎょっき》を吹く。「古き壺《つぼ》には古き酒があるはず、味《あじわ》いたまえ」と男も鵞鳥《がちょう》の翼《はね》を畳《たた》んで紫檀《したん》の柄《え》をつけたる羽団扇《はうちわ》で膝のあたりを払う。「古き世に酔えるものなら嬉《うれ》しかろ」と女はどこまでもすねた体である。
この時「脚気かな、脚気かな」としきりにわが足を玩《もてあそ》べる人、急に膝頭をうつ手を挙《あ》げて、叱《しっ》と二人を制する。三人の声が一度に途切れる間をククーと鋭どき鳥が、檜の上枝《うわえだ》を掠《かす》めて裏の禅寺の方へ抜ける。ククー。
「あの声がほととぎすか」と羽団扇を棄《す》ててこれも椽側《えんがわ》へ這《は》い出す。見上げる軒端《のきば》を斜め
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