が大学の図書館で書架の中からポーの全集を引きおろしたのを見たのは昔の事である。先生はポーもホフマンも好きなのだと云う。この夕《ゆうべ》その烏の事を思い出して、あの烏はどうなりましたと聞いたら、あれは死にました、凍《こご》えて死にました。寒い晩に庭の木の枝に留《とま》ったまんま、翌日《あくるひ》になると死んでいましたと答えられた。
烏のついでに蝙蝠《こうもり》の話が出た。安倍君が蝙蝠は懐疑《スケプチック》な鳥だと云うから、なぜと反問したら、でも薄暗がりにはたはた飛んでいるからと謎《なぞ》のような答をした。余は蝙蝠の翼《はね》が好《すき》だと云った。先生はあれは悪魔の翼だと云った。なるほど画《え》にある悪魔はいつでも蝙蝠の羽根を背負《しょ》っている。
その時夕暮の窓際《まどぎわ》に近く日暮《ひぐら》しが来て朗らに鋭どい声を立てたので、卓を囲んだ四人《よつたり》はしばらくそれに耳を傾《かたむ》けた。あの鳴声にも以太利《イタリヤ》の連想があるでしょうと余は先生に尋ねた。これは先生が少し前に蜥蜴《とかげ》が美くしいと云ったので、青く澄んだ以太利の空を思い出させやしませんかと聞いたら、そうだと
前へ
次へ
全9ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング