眼《め》を以て寺尾を迎へる訳には行かなかつた。
 寺尾は、此間の翻訳を漸くの事で月末迄に片付けたら、本屋の方で、都合が悪いから秋迄出版を見合せると云ひ出したので、すぐ労力を金《かね》に換算する事が出来ずに、困つた結果|遣《や》つて来《き》たのであつた。では書肆と契約なしに手を着《つ》けたのかと聞《き》くと、全く左様《さう》でもないらしい。と云つて、本屋の方が丸で約束を無|視《し》した様にも云はない。要するに曖昧であつた。たゞ困つてゐる事丈は事実らしかつた。けれども斯《か》う云ふ手違《てちがひ》に慣れ抜《ぬ》いた寺尾は、別に徳義問題として誰にも不満を抱《いだ》いてゐる様には見えなかつた。失敬だとか怪《け》しからんと云ふのは、たゞ口《くち》の先許《さきばかり》で、腹《はら》の中《なか》の屈托は、全然|飯《めし》と肉《にく》に集注してゐるらしかつた。
 代助は気の毒になつて、当座の経済に幾分の補助を与へた。寺尾は感謝の意を表して帰つた。帰る前に、実は本屋からも少しは前借はしたんだが、それは疾《とく》の昔《むかし》に使《つか》つて仕舞つたんだと自白した。寺尾の帰つたあとで、代助はあゝ云ふのも一種の人格だと思つた。たゞ斯《か》う楽に活計《くらし》てゐたつて決して為《な》れる訳のものぢやない。今の所謂文壇が、あゝ云ふ人格を必要と認めて、自然に産み出した程、今の文壇は悲しむべき状況の下《もと》に呻吟してゐるんではなからうかと考へて茫乎《ぼんやり》した。
 代助は其晩《そのばん》自分の前途をひどく気に掛けた。もし父《ちゝ》から物質的に供給の道を鎖《とざ》された時、彼は果して第二の寺尾になり得る決心があるだらうかを疑《うたぐ》つた。もし筆を執つて寺尾の真似さへ出来なかつたなら、彼は当然餓死すべきである。もし筆を執《と》らなかつたら、彼は何をする能力があるだらう。
 彼は眼《め》を開《あ》けて時々《とき/″\》蚊帳《かや》の外《そと》に置《お》いてある洋燈《ランプ》を眺めた。夜中《よなか》に燐寸《マツチ》を擦《す》つて烟草《たばこ》を吹《ふ》かした。寐返りを何遍も打つた。固より寐《ね》苦しい程暑い晩ではなかつた。雨が又ざあ/\と降《ふ》つた。代助は此雨の音《おと》で寐《ね》付くかと思ふと、又雨の音《おと》で不意に眼《め》を覚《さ》ました。夜は半醒半睡のうちに明け離れた。

       十五の四

 定刻《ていこく》になつて、代助は出掛《でか》けた。足駄穿《あしだばき》で雨傘《あまがさ》を提《さ》げて電車に乗《の》つたが、一方の窓《まど》が締《し》め切《き》つてある上《うへ》に、革紐《かはひも》にぶら下《さ》がつてゐる人《ひと》が一杯なので、しばらくすると胸《むね》がむかついて、頭《あたま》が重《おも》くなつた。睡眠不足が影響したらしく思はれるので、手《て》を窮屈に伸《の》ばして、自分の後《うしろ》丈を開《あ》け放《はな》つた。雨は容赦なく襟から帽子に吹《ふ》き付《つ》けた。二三分の後《のち》隣《となり》の人《ひと》の迷惑さうな顔《かほ》に気が付《つ》いて、又|元《もと》の通りに硝子窓《がらすまど》を上《あ》げた。硝子《がらす》の表側《おもてがは》には、弾《はぢ》けた雨《あめ》の珠《たま》が溜《たま》つて、往来が多少|歪《ゆが》んで見えた。代助は首《くび》から上《うへ》を捩《ね》ぢ曲《ま》げて眼《め》を外面《そと》に着《つ》けながら、幾《いく》たびか自分の眼《め》を擦《こ》すつた。然し何遍|擦《こす》つても、世界の恰好が少し変つて来《き》たと云ふ自覚が取れなかつた。硝子《がらす》を通《とほ》して斜《なゝめ》に遠方を透《す》かして見るときは猶|左様《さう》いふ感じがした。
 弁慶橋《べんけいばし》で乗り換《か》えてからは、人もまばらに、雨も小降《こぶ》りになつた。頭《あたま》も楽《らく》に濡《ぬ》れた世の中《なか》を眺める事が出来《でき》た。けれども機嫌《きげん》の悪《わる》い父《ちゝ》の顔《かほ》が、色々な表情を以て彼《かれ》の脳髄を刺戟した。想像の談話さへ明《あきら》かに耳に響《ひゞ》いた。
 玄関を上《あが》つて、奥へ通る前《まへ》に、例の如く一応|嫂《あによめ》に逢つた。嫂《あによめ》は、
「鬱陶しい御天気ぢやありませんか」と愛想よく自分で茶を汲んで呉れた。然し代助は飲む気にもならなかつた。
「御父《おとう》さんが待つて御出《おいで》でせうから、一寸《ちよつと》行《い》つて話《はなし》をして来《き》ませう」と立ち掛《か》けた。嫂《あによめ》は不安らしい顔《かほ》をして、
「代さん、成《な》らう事なら、年寄《としより》に心配を掛けない様になさいよ。御父《おとう》さんだつて、もう長《なが》い事はありませんから」と云つた。代助は梅子の口《くち》から、こんな陰気な言葉を聞《き》くのは始めてであつた。不意に穴倉《あなぐら》へ落《お》ちた様な心持がした。
 父《ちゝ》は烟草盆を前に控えて、俯向《うつむ》いてゐた。代助の足音を聞《き》いても顔《かほ》を上《あ》げなかつた。代助は父《ちゝ》の前《まへ》へ出《で》て、叮嚀に御辞儀をした。定《さだ》めて六づかしい眼付《めつき》をされると思ひの外、父《ちゝ》は存外|穏《おだや》かなもので、
「降《ふ》るのに御苦労だつた」と労《いた》はつて呉れた。其時始めて気が付《つ》いて見ると、父《ちゝ》の頬《ほゝ》が何時《いつ》の間《ま》にかぐつと瘠《こ》けてゐた。元来が肉《にく》の多い方だつたので、此変化が代助には余計目立つて見えた。代助は覚えず、
「何《ど》うか為《な》さいましたか」と聞いた。
 父《ちゝ》は親《おや》らしい色《いろ》を一寸《ちよつと》顔《かほ》に動《うご》かした丈で、別に代助の心配を物《もの》にする様子もなかつたが、少時《しばらく》話《はな》してゐるうちに、
「己《おれ》も大分《だいぶ》年《とし》を取つてな」と云ひ出《だ》した。其調子が何時《いつ》もの父《ちゝ》とは全く違《ちが》つてゐたので、代助は最前|嫂《あによめ》の云つた事を愈重く見なければならなくなつた。
 父《ちゝ》は年《とし》の所為《せゐ》で健康の衰へたのを理由として、近々実業界を退く意志のある事を代助に洩《も》らした。けれども今は日露戦争後の商工業膨脹の反動を受けて、自分の経営にかゝる事業が不景気の極端に達してゐる最中《さいちう》だから、此難関を漕《こ》ぎ抜けた上《うへ》でなくては、無責任の非難を免かれる事が出来ないので、当分已を得ずに辛抱してゐるより外に仕方がないのだと云ふ事情を委しく話した。代助は父《ちゝ》の言葉を至極尤もだと思つた。
 父《ちゝ》は普通の実業なるものゝ困難と危険と繁劇と、それ等から生ずる当事者の心《こゝろ》の苦痛及び緊張の恐るべきを説いた。最後に地方の大|地主《ぢぬし》の、一見|地味《ぢみ》であつて、其実自分等よりはずつと鞏固の基礎を有してゐる事を述べた。さうして、此比較を論拠として、新たに今度の結婚を成立させやうと力めた。
「さう云ふ親類が一軒位あるのは、大変な便利で、且つ此際《このさい》甚だ必要ぢやないか」と云つた。代助は、父《ちゝ》としては寧ろ露骨過ぎる此政略的結婚の申し出《いで》に対して、今更驚ろく程、始めから父《ちゝ》を買ひ被つてはゐなかつた。最後の会見に、父《ちゝ》が従来の仮面《かめん》を脱《ぬ》いで掛《か》かつたのを、寧ろ快《こゝろ》よく感じた。彼自身《かれじしん》も、斯《こ》んな意味の結婚を敢てし得る程度の人間《にんげん》だと自《みづか》ら見積《みつもつ》てゐた。
 其上《そのうへ》父《ちゝ》に対して何時《いつ》にない同情があつた。其|顔《かほ》、其|声《こえ》、其代助を動かさうとする努力、凡てに老後の憐れを認める事が出来た。代助はこれをも、父の策略とは受取り得なかつた。私《わたくし》は何《ど》うでも宜《よ》う御座いますから、貴方《あなた》の御都合の好《い》い様に御|極《き》めなさいと云ひたかつた。

       十五の五

 けれども三千代と最後の会見《くわいけん》を遂《と》げた今更《いまさら》、父《ちゝ》の意に叶《かな》ふ様な当座の孝行は代助には出来かねた。彼は元来が何方付《どつちつ》かずの男であつた。誰《だれ》の命令も文字通りに拝承した事のない代りには、誰《だれ》の意見にも露《むき》に抵抗した試がなかつた。解釈のしやうでは、策士の態度とも取れ、優柔の生れ付《つき》とも思はれる遣口《やりくち》であつた。彼《かれ》自身さへ、此二つの非難の何《いづ》れを聞《き》いた時に、左様《さう》かも知れないと、腹《はら》の中《なか》で首《くび》を捩《ひね》らぬ訳《わけ》には行《い》かなかつた。然し其原因の大部分は策略でもなく、優柔でもなく、寧ろ彼《かれ》に融通の利《き》く両《ふた》つの眼《め》が付《つ》いてゐて、双方を一時に見《み》る便宜を有してゐたからであつた。かれは此能力の為に、今日迄一図に物《もの》に向つて突進する勇気を挫《くぢ》かれた。即かず離れず現状に立ち竦《すく》んでゐる事が屡《しば/\》あつた。此現状維持の外観が、思慮の欠乏から生ずるのでなくて、却つて明白な判断に本いて起ると云ふ事実は、彼《かれ》が犯すべからざる敢為の気象を以て、彼の信ずる所を断行した時に、彼自身にも始めて解《わか》つたのである。三千代の場合は、即ち其|適例《てきれい》であつた。
 彼は三千代の前に告白した己《おの》れを、父《ちゝ》の前で白紙にしやうとは想《おも》ひ到《いた》らなかつた。同時に父《ちゝ》に対しては、心《しん》から気の毒であつた。平生の代助が此際に執るべき方針は云はずして明《あき》らかであつた。三千代との関係を撤回する不便なしに、父に満足を与へる為《ため》の結婚を承諾するに外《ほか》ならなかつた。代助は斯《か》くして双方を調和する事が出来《でき》た。何方付《どつちつ》かずに真中《まんなか》へ立《た》つて、煮え切らずに前進する事は容易であつた。けれども、今《いま》の彼《かれ》は、不断《ふだん》の彼とは趣《おもむき》を異にしてゐた。再び半身を埒外《らつぐわい》に挺《ぬきん》でて、余人と握手するのは既に遅《おそ》かつた。彼は三千代に対する自己の責任を夫程深く重いものと信じてゐた。彼の信念は半《なか》ば頭《あたま》の判断から来《き》た。半ば心《こゝろ》の憧憬から来《き》た。二つのものが大きな濤《なみ》の如くに彼を支配した。彼は平生の自分から生れ変つた様に父《ちゝ》の前に立《た》つた。
 彼《かれ》は平生の代助の如く、成る可く口数《くちかず》を利《き》かずに控《ひか》えてゐた。父《ちゝ》から見れば何時《いつ》もの代助と異なる所はなかつた。代助の方では却つて父《ちゝ》の変《かは》つてゐるのに驚ろいた。実は此間から幾度《いくたび》も会見を謝絶されたのも、自分が父《ちゝ》の意志に背く恐《おそれ》があるから父《ちゝ》の方でわざと、延《の》ばしたものと推してゐた。今日《けふ》逢《あ》つたら、定めて苦《にが》い顔をされる事と覚悟を極《き》めてゐた。ことによれば、頭《あたま》から叱《しか》り飛《と》ばされるかも知れないと思つた。代助には寧ろ其方《そのほう》が都合が好《よ》かつた。三|分《ぶ》の一《いち》は、父《ちゝ》の暴怒《ぼうど》に対する自己の反動を、心理的に利用して、判然《きつぱり》断《ことわ》らうと云ふ下心《したごゝろ》さへあつた。代助は父《ちゝ》の様子、父《ちゝ》の言葉|遣《つかひ》、父の主意、凡てが予期に反して、自分の決心を鈍《にぶ》らせる傾向に出《で》たのを心苦しく思つた。けれども彼は此|心苦《こゝろぐる》しさにさへ打ち勝つべき決心を蓄《たくは》へた。
「貴方《あなた》の仰《おつ》しやる所は一々《いち/\》御尤もだと思ひますが、私《わたくし》には結婚を承諾する程の勇気がありませんから、断《ことわ》るより外に仕方がなからうと思ひます」ととう/\云つて仕舞つた。其時|父《ちゝ》はたゞ代助の顔《かほ》を見てゐた。良《やゝ
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