《だま》つて仕舞つた。それが、少時《しばらく》続《つゞ》いた後《あと》で代助は又|改《あら》ためて聞いた。
「此間《このあひだ》の事を平岡君に話《はな》したんですか」
 三千代は低《ひく》い声《こえ》で、
「いゝえ」と答へた。
「ぢや、未《ま》だ知らないんですか」と聞き返した。
 其時三千代の説明には、話さうと思つたけれども、此頃平岡はついぞ落ち付《つ》いて宅《うち》にゐた事がないので、つい話《はな》しそびれて未《ま》だ知らせずにゐると云ふ事であつた。代助は固より三千代の説明を嘘《うそ》とは思はなかつた。けれども、五分《ごふん》の閑《ひま》さへあれば夫《おつと》に話《はな》される事を、今日《けふ》迄それなりに為《し》てあるのは、三千代の腹《はら》の中《なか》に、何だか話《はな》し悪《にく》い或《ある》蟠《わだか》まりがあるからだと思はずにはゐられなかつた。自分は三千代を、平岡に対して、それだけ罪のある人《ひと》にして仕舞つたと代助は考へた。けれども夫《それ》は左程に代助の良心を螫《さ》すには至らなかつた。法律の制裁はいざ知らず、自然の制裁として、平岡も此結果に対して明かに責《せめ》を分《わか》たなければならないと思つたからである。

       十三の四

 代助は三千代に平岡の近来の模様を尋ねて見た。三千代は例によつて多くを語る事を好《この》まなかつた。然し平岡の妻に対する仕打《しうち》が結婚当時と変つてゐるのは明《あきら》かであつた。代助は夫婦が東京へ帰つた当時|既《すで》にそれを見抜いた。夫《それ》から以後|改《あらた》まつて両人《ふたり》の腹《はら》の中《なか》を聞いた事《こと》はないが、それが日毎に好《よ》くない方に、速度を加へて進行しつゝあるのは殆んど争ふべからざる事実と見えた。夫婦の間《あひだ》に、代助と云ふ第三者が点ぜられたがために、此|疎隔《そかく》が起つたとすれば、代助は此方面に向つて、もつと注意深く働らいたかも知れなかつた。けれども代助は自己の悟性に訴へて、さうは信ずる事が出来なかつた。彼は此結果の一部分を三千代の病気に帰した。さうして、肉体上の関係が、夫《おつと》の精神に反響を与へたものと断定した。又其一部分を子供の死亡に帰した。それから、他の一部分を平岡の遊蕩に帰した。又他の一部分を会社員としての平岡の失敗に帰した。最後に、残りの一部分を、平岡の放埒から生じた経済事状に帰した。凡てを概括した上《うへ》で、平岡は貰《もら》ふべからざる人《ひと》を貰《もら》ひ、三千代は嫁《とつ》ぐ可《べ》からざる人《ひと》に嫁《とつ》いだのだと解決した。代助は心の中《うち》で痛《いた》く自分が平岡の依頼に応じて、三千代を彼の為《ため》に周旋した事を後悔した。けれども自分が三千代の心を動《うご》かすが為《ため》に、平岡が妻《さい》から離れたとは、何《ど》うしても思ひ得なかつた。
 同時に代助の三千代に対する愛情は、此夫婦の現在の関係を、必須条件として募りつゝある事もまた一方では否《いな》み切れなかつた。三千代が平岡に嫁《とつ》ぐ前《まへ》、代助と三千代の間柄《あひだがら》は、どの位の程度迄進んでゐたかは、しばらく措《お》くとしても、彼《かれ》は現在の三千代には決して無頓着でゐる訳には行かなかつた。彼は病気に冒された三千代をたゞの昔《むかし》の三千代よりは気の毒に思つた。彼は小供を亡《な》くなした三千代をたゞの昔《むかし》の三千代よりは気の毒に思つた。彼は夫《おつと》の愛を失ひつゝある三千代をたゞの昔《むかし》の三千代よりは気の毒に思つた。彼《かれ》は生活難に苦しみつゝある三千代をたゞの昔《むかし》の三千代よりは気の毒に思つた。但し、代助は此夫婦の間《あひだ》を、正面から永久に引き放《はな》さうと試みる程大胆ではなかつた。彼の愛はさう逆上してはゐなかつた。
 三千代の眼《ま》のあたり、苦しんでゐるのは経済問題であつた。平岡が自力で給し得る丈の生活費を勝手の方へ回《まは》さない事は、三千代の口吻で慥《たしか》であつた。代助は此点丈でもまづ何《ど》うかしなければなるまいと考へた。それで、
「一《ひと》つ私《わたし》が平岡君に逢《あ》つて、能く話して見やう」と云つた。三千代は淋しい顔《かほ》をして代助を見た。旨《うま》く行けば結構だが、遣《や》り損《そく》なへば益三千代の迷惑になる許《ばかり》だとは代助も承知してゐたので、強ひて左様《さう》しやうとも主張しかねた。三千代は又立つて次《つぎ》の間《ま》から一封《いつぷう》の書状を持《も》つて来《き》た。書状は薄青《うすあを》い状袋へ這入つてゐた。北海道にゐる父《ちゝ》から三千代へ宛《あて》たものであつた。三千代は状袋の中《なか》から長い手紙を出《だ》して、代助に見せた。
 手紙には向《むか》ふの思はしくない事や、物価の高くて活計《くらし》にくい事や、親類も縁者もなくて心細い事や、東京の方へ出《で》たいが都合はつくまいかと云ふ事や、――凡て憐れな事ばかり書《か》いてあつた。代助は叮嚀に手紙を巻《ま》き返して、三千代に渡《わた》した。其時三千代は眼《め》の中《なか》に涙《なみだ》を溜《た》めてゐた。
 三千代の父はかつて多少の財産と称《とな》へらるべき田畠の所有者であつた。日露戦争の当時、人の勧《すゝめ》に応じて、株に手を出して全く遣《や》り損《そく》なつてから、潔よく祖先の地を売り払つて、北海道へ渡つたのである。其後《そのご》の消息は、代助も今《いま》此手紙を見せられる迄一向知らなかつた。親類はあれども無《な》きが如しだとは三千代の兄《あに》が生きてゐる時分よく代助に語つた言葉であつた。果《はた》して三千代は、父《ちゝ》と平岡ばかりを便《たより》に生きてゐた。
「貴方《あなた》は羨《うらや》ましいのね」と瞬《またゝ》きながら云つた。代助はそれを否定する勇気に乏しかつた。しばらくしてから又、
「何《なん》だつて、まだ奥《おく》さんを御貰《おもら》ひなさらないの」と聞いた。代助は此|問《とひ》にも答へる事が出|来《き》なかつた。

       十三の五

 しばらく黙然《もくねん》として三千代の顔を見てゐるうちに、女の頬《ほゝ》から血《ち》の色《いろ》が次第に退《しり》ぞいて行《い》つて、普通よりは眼《め》に付く程|蒼白《あをしろ》くなつた。其時《そのとき》代助は三千代と差向《さしむかひ》で、より長く坐《すは》つてゐる事の危険に、始めて気が付《つ》いた。自然の情|合《あひ》から流《なが》れる相互の言葉が、無意識のうちに彼等を駆つて、準《じゆん》縄の埒《らつ》を踏《ふ》み超えさせるのは、今《いま》二三|分《ぷん》の裡《うち》にあつた。代助は固より夫《それ》より先《さき》へ進《すゝ》んでも、猶|素知《そし》らぬ顔《かほ》で引返《ひきかへ》し得《う》る、会話の方を心得《こゝろえ》てゐた。彼は西洋の小説を読むたびに、そのうちに出《で》て来《く》る男女の情話が、あまりに露骨《ろこつ》で、あまりに放肆で、且つあまりに直線的に濃厚なのを平生から怪《あやし》んでゐた。原語で読めば兎に角、日本には訳し得ぬ趣味のものと考へてゐた。従つて彼は自分と三千代との関係を発展させる為《ため》に、舶来の台詞《せりふ》を用ひる意志は毫もなかつた。少《すく》なくとも二人《ふたり》の間《あひだ》では、尋常の言葉で充分用が足りたのである。が、其所《そこ》に、甲の位地から、知らぬ間《ま》に乙の位置に滑《すべ》り込む危険が潜《ひそ》んでゐた。代助は辛《から》うじて、今一歩《いまいつぽ》と云ふ際《きは》どい所で、踏み留《とゞ》まつた。帰る時、三千代《みちよ》は玄関迄送つて来《き》て、
「淋《さむ》しくつて不可《いけ》ないから、又|来《き》て頂戴」と云つた。下女はまだ裏《うら》で張物《はりもの》をしてゐた。
 表《おもて》へ出《で》た代助は、ふら/\と一丁程|歩《ある》いた。好《い》い所《ところ》で切《き》り上《あ》げたといふ意識があるべき筈であるのに、彼《かれ》の心《こゝろ》にはさう云ふ満足が些《ちつ》とも無《な》かつた。と云つて、もつと三千代と対座してゐて、自然の命《めい》ずるが儘《まゝ》に、話し尽して帰れば可《よ》かつたといふ後|悔《くわい》もなかつた。彼《かれ》は、彼所《あすこ》で切り上《あ》げても、五分十分の後切り上げても、必竟は同じ事であつたと思ひ出した。自分と三千代との現在の関係は、此前《このまへ》逢つた時、既に発展してゐたのだと思ひ出した。否、其前逢つた時既に、と思ひ出《だ》した。代助は二人《ふたり》の過去を順次に溯《さかの》ぼつて見て、いづれの断面《だんめん》にも、二人《ふたり》の間に燃《もえ》る愛の炎《ほのほ》を見出さない事はなかつた。必竟は、三千代が平岡に嫁《とつ》ぐ前、既《すで》に自分に嫁《とつ》いでゐたのも同じ事だと考へ詰めた時、彼は堪えがたき重《おも》いものを、胸《むね》の中《なか》に投《な》げ込《こ》まれた。彼《かれ》は其《その》重量の為《ため》に、足《あし》がふらついた。家《いへ》に帰つた時、門野《かどの》が、
「大変|顔《かほ》の色《いろ》が悪《わる》い様ですね、何《ど》うかなさいましたか」と聞いた。代助は風呂場へ行《い》つて、蒼《あを》い額《ひたひ》から奇麗に汗《あせ》を拭《ふ》き取つた。さうして、長く延《の》び過《す》ぎた髪を冷水に浸《ひた》した。
 それから二日《ふつか》程代助は全く外出しなかつた。三日目の午後、電車に乗《の》つて、平岡を新聞社に尋ねた。彼は平岡に逢つて、三千代の為《ため》に充分|話《はなし》をする決心であつた。給仕に名刺を渡《わた》して、埃《ほこり》だらけの受付《うけつけ》に待《ま》つてゐる間《あひだ》、彼《かれ》はしばしば袂《たもと》から手帛《ハンケチ》を出《だ》して、鼻を掩ふた。やがて、二階の応接|間《ま》へ案内された。其所《そこ》は風|通《とほ》しの悪《わる》い、蒸《む》し暑《あつ》い、陰気な狭《せま》い部屋であつた。代助は此所《こゝ》で烟草《たばこ》を一本|吹《ふ》かした。編輯室と書《か》いた戸口《とぐち》が始終|開《あ》いて、人《ひと》が出《で》たり這入《はい》つたりした。代助の逢《あ》ひに来《き》た平岡も其|戸口《とぐち》から現《あら》はれた。先達て見《み》た夏服《なつふく》を着《き》て、相変らず奇麗な襟《カラ》とカフスを掛《か》けてゐた。忙《いそが》しさうに、
「やあ、暫《しばら》く」と云つて代助の前《まへ》に立《た》つた。代助も相手に唆《そゝの》かされた様に立ち上《あ》がつた。二人《ふたり》は立《た》ちながら一寸《ちよつと》話《はなし》をした。丁度編輯のいそがしい時《とき》で緩《ゆつ》くり何《ど》うする事も出来なかつた。代助は改めて平岡の都合を聞いた。平岡はポツケツトから時計を出《だ》して見て、
「失敬だが、もう一時間程して来《き》てくれないか」と云つた。代助は帽子を取つて、又|暗《くら》い埃《ほこり》だらけの階段を下《お》りた。表へ出《で》ると、夫《それ》でも涼《すゞ》しい風が吹いた。
 代助はあてもなく、其所《そこ》いらを逍遥《ぶらつ》いた。さうして、愈平岡と逢つたら、どんな風に話《はなし》を切《き》り出《だ》さうかと工夫した。代助の意は、三千代に刻下の安慰を、少しでも与へたい為《ため》に外《ほか》ならなかつた。けれども、夫《それ》が為《ため》に、却つて平岡の感情を害《がい》する事があるかも知れないと思つた。代助は其悪結果の極端として、平岡と自分の間に起り得る破裂をさへ予想した。然し、其時は何《ど》んな具合にして、三千代を救はうかと云ふ成|案《あん》はなかつた。代助は三千代と相対《あひたい》づくで、自分等《じぶんら》二人《ふたり》の間《あひだ》をあれ以上に何《ど》うかする勇気を有《も》たなかつたと同時に、三千代のために、何《なに》かしなくては居られなくなつたのである。だから、今日《けふ》の会見は、理知の作用から出《で》た安全の策と云ふより
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