分の寿命を極《き》める権利を持たぬ如く、自分の未来をも極め得なかつた。同時に、自分の寿命に、大抵の見当を付《つ》け得る如く、自分の未来にも多少の影《かげ》を認めた。さうして、徒らに其影を捕捉しやうと企てた。

       十三の二

 其時代助の脳の活動は、夕闇《ゆふやみ》を驚ろかす蝙蝠《かはほり》の様な幻像をちらり/\と産《う》み出《だ》すに過《す》ぎなかつた。其|羽搏《はばたき》の光《ひかり》を追《お》ひ掛《か》けて寐《ね》てゐるうちに、頭《あたま》が床《ゆか》から浮《う》き上《あ》がつて、ふわ/\する様に思はれて来《き》た。さうして、何時《いつ》の間《ま》にか軽《かる》い眠《ねむり》に陥《おちい》つた。
 すると突然|誰《だれ》か耳《みゝ》の傍《はた》で半鐘を打つた。代助は火事と云ふ意識さへまだ起《おこ》らない先《さき》に眼《め》を醒《さ》ました。けれども跳《は》ね起《お》きもせずに寐《ね》てゐた。彼《かれ》の夢《ゆめ》に斯《こ》んな音《おと》の出《で》るのは殆んど普通であつた。ある時《とき》はそれが正気に返つた後《あと》迄も響《ひゞ》いてゐた。五六日|前《まへ》彼《かれ》は、彼《かれ》の家《いへ》の大いに揺《ゆ》れる自覚と共に眠《ねむり》を破《やぶ》つた。其|時《とき》彼《かれ》は明《あき》らかに、彼《かれ》の下《した》に動《うご》く畳《たゝみ》の様《さま》を、肩《かた》と腰《こし》と脊《せ》の一部に感《かん》じた。彼は又|夢《ゆめ》に得た心臓の鼓動を、覚《さ》めた後《あと》迄|持《も》ち伝《つた》へる事が屡あつた。そんな場合には聖徒《セイント》の如く、胸《むね》に手を当《あ》てゝ、眼《め》を開《あ》けた儘《まゝ》、じつと天井を見詰めてゐた。
 代助は此時も半鐘の音《おと》が、じいんと耳《みゝ》の底《そこ》で鳴り尽《つく》して仕舞ふ迄|横《よこ》になつて待《ま》つてゐた。それから起《お》きた。茶《ちや》の間《ま》へ来《き》て見ると、自分の膳《ぜん》の上《うへ》に簀垂《すだれ》が掛《か》けて、火鉢の傍《そば》に据ゑてあつた。柱時計はもう十二時|回《まは》つてゐた。婆《ばあ》さんは、飯《めし》を済《す》ました後《あと》と見《み》えて、下女部屋で御|櫃《はち》の上《うへ》に肱《ひぢ》を突《つ》いて居眠《ゐねむ》りをしてゐた。門野《かどの》は何処《どこ》へ行《い》つたか影《かげ》さへ見えなかつた。
 代助は風呂場へ行つて、頭《あたま》を濡《ぬ》らしたあと、独《ひと》り茶《ちや》の間《ま》の膳《ぜん》に就いた。そこで、淋《さみ》しい食事を済《すま》して、再《ふたゝ》び書斎に戻つたが、久し振《ぶ》りに今日《けふ》は少し書見をしやうと云ふ心組《こゝろぐみ》であつた。
 かねて読《よ》み掛《か》けてある洋書を、栞《しをり》の挟《はさ》んである所で開《あ》けて見ると、前後の関係を丸で忘れてゐた。代助の記憶に取《と》つて斯《か》う云ふ現象は寧ろ珍《めづ》らしかつた。彼《かれ》は学校生活の時代から一種の読書家であつた。卒業の後《のち》も、衣食の煩《わづらひ》なしに、講読の利益を適意に収め得る身分《みぶん》を誇《ほこ》りにしてゐた。一|頁《ページ》も眼《め》を通《とほ》さないで、日《ひ》を送ることがあると、習慣上|何《なに》となく荒癈の感を催ふした。だから大抵な事故があつても、成るべく都合して、活字に親《したし》んだ。ある時は読書そのものが、唯一なる自己の本領の様な気がした。
 代助は今茫然として、烟草《たばこ》を燻《くゆ》らしながら、読《よ》み掛けた頁《ページ》を二三枚あとへ繰《く》つて見た。そこに何《ど》んな議論があつて、それが何《ど》う続《つゞ》くのか、頭《あたま》を拵《こしら》える為《ため》に一寸《ちよつと》骨を折つた。其努力は艀《はしけ》から桟橋へ移る程|楽《らく》ではなかつた。食《く》ひ違《ちが》つた断面の甲に迷付《まごつ》いてゐるものが、急に乙に移るべく余儀なくされた様であつた。代助はそれでも辛抱して、約二時間程|眼《め》を頁《ページ》の上《うへ》に曝《さら》してゐた。が仕舞にとう/\堪え切れなくなつた。彼《かれ》の読《よ》んでゐるものは、活字の集合《あつまり》として、ある意味を以て、彼《かれ》の頭《あたま》に映《えい》ずるには違《ちがひ》ないが、彼《かれ》の肉や血《ち》に廻《まは》る気色は一向見えなかつた。彼《かれ》は氷嚢を隔てゝ、氷《こほり》に食《く》ひ付《つ》いた時の様に物足らなく思つた。
 彼は書物を伏《ふ》せた。さうして、こんな時に書物を読《よ》むのは無理だと考へた。同時にもう安息する事も出来なくなつたと考へた。彼《かれ》の苦痛は何時《いつ》ものアンニユイではなかつた。何《なに》も為《す》るのが慵《ものう》いと云ふのとは違《ちが》つて、何《なに》か為《し》なくてはゐられない頭《あたま》の状態であつた。
 彼は立ち上《あ》がつて、茶《ちや》の間《ま》へ来《き》て、畳んである羽織を又|引掛《ひつかけ》た。さうして玄関に脱《ぬ》ぎ棄てた下駄を穿《は》いて馳《か》け出《だ》す様に門を出《で》た。時は四時頃であつた。神楽坂《かぐらざか》を下《お》りて、当《あて》もなく、眼《め》に付《つ》いた第一の電車に乗《の》つた。車掌に行先《ゆくさき》を問はれたとき、口《くち》から出任《でまか》せの返事をした。紙入《かみいれ》を開《あ》けたら、三千代に遣《や》つた旅行費の余りが、三折《みつをり》の深底《ふかぞこ》の方にまだ這入つてゐた。代助は乗車券を買つた後《あと》で、札の数を調べて見た。
 彼《かれ》は其晩を赤坂のある待合で暮《く》らした。其所《そこ》で面白い話《はなし》を聞《き》いた。ある若《わか》くて美くしい女が、去る男と関係して、其種《そのたね》を宿《やど》した所が、愈子を生《う》む段になつて、涙《なみだ》を零《こぼ》して悲《かな》しがつた。後《あと》から其訳を聞いたら、こんな年《とし》で子供を生《う》ませられるのは情《なさけ》ないからだと答へた。此女は愛を専《もつぱ》らにする時機が余り短か過《す》ぎて、親子《おやこ》の関係が容赦もなく、若い頭《あたま》の上《うへ》を襲つて来《き》たのに、一種の無定を感じたのであつた。それは無論|堅気《かたぎ》の女ではなかつた。代助は肉の美《び》と、霊《れい》の愛にのみ己《おの》れを捧げて、其他を顧みぬ女の心理状体として、此話を甚だ興味あるものと思つた。

       十三の三

 翌日《よくじつ》になつて、代助はとう/\又三千代に逢《あ》ひに行つた。其時|彼《かれ》は腹《はら》の中《なか》で、先達《せんだつ》て置《お》いて来《き》た金《かね》の事を、三千代が平岡に話したらうか、話《はな》さなかつたらうか、もし話《はな》したとすれば何《ど》んな結果を夫婦の上《うへ》に生じたらうか、それが気掛《きがゝ》りだからと云ふ口実を拵《こし》らえた。彼は此|気掛《きがゝり》が、自分を駆《か》つて、凝《じつ》と落ち付《つ》かれない様に、東西に引張回《ひつぱりまは》した揚句、遂《つい》に三千代の方に吹《ふ》き付《つ》けるのだと解釈した。
 代助は家《いへ》を出《で》る前《まへ》に、昨夕《ゆふべ》着《き》た肌着《はだぎ》も単衣《ひとへ》も悉く改《あらた》めて気《き》を新《あらた》にした。外《そと》は寒暖計の度盛《どもり》の日を逐《お》ふて騰《あが》る頃《ころ》であつた。歩《ある》いてゐると、湿《しめ》つぽい梅雨《つゆ》が却つて待ち遠《とほ》しい程|熾《さか》んに日《ひ》が照《て》つた。代助は昨夕《ゆふべ》の反動で、此陽気な空気の中《なか》に落《お》ちる自分の黒《くろ》い影《かげ》が苦《く》になつた。広《ひろ》い鍔《つば》の夏帽《なつぼう》を被《かぶ》りながら、早く雨季《うき》に入れば好《い》いと云ふ心持があつた。其|雨季《うき》はもう二三|日《にち》の眼前《がんぜん》に逼《せま》つてゐた。彼《かれ》の頭《あたま》はそれを予報するかの様に、どんよりと重《おも》かつた。
 平岡の家《うち》の前《まへ》へ来《き》た時は、曇《くも》つた頭《あたま》を厚《あつ》く掩ふ髪《かみ》の根元《ねもと》が息切《いき》れてゐた。代助は家《いへ》に入る前《まへ》に先《ま》づ帽子を脱《ぬ》いだ。格子には締《しま》りがしてあつた。物音《ものおと》を目的《めあて》に裏《うら》へ回《まは》ると、三千代は下女と張物《はりもの》をしてゐた。物置《ものおき》の横《よこ》へ立《た》て掛《か》けた張板《はりいた》の中途《ちうと》から、細《ほそ》い首《くび》を前へ出《だ》して、曲《こゞ》みながら、苦茶《くちや》々々になつたものを丹念に引き伸《の》ばしつゝあつた手を留《と》めて、代助を見《み》た。一寸《ちよつと》は何《なん》とも云はなかつた。代助も、しばらくは唯《たゞ》立《た》つてゐた。漸くにして、
「又|来《き》ました」と云つた時《とき》、三千代は濡《ぬ》れた手を振《ふ》つて、馳け込む様に勝手から上《あ》がつた。同時に表《おもて》へ回《まは》れと眼《め》で合図をした。三千代は自分で沓脱《くつぬぎ》へ下《お》りて、格子の締《しまり》を外《はづ》しながら、
「無《ぶ》用|心《じん》だから」と云つた。今迄《いままで》日の透《とほ》る澄《す》んだ空気の下《した》で、手《て》を動《うご》かしてゐた所為《せゐ》で、頬《ほゝ》の所《ところ》が熱《ほて》つて見えた。それが額際《ひたひぎは》へ来《き》て何時《いつ》もの様に蒼白《あをしろ》く変《かは》つてゐる辺《あたり》に、汗《あせ》が少し煮染《にじ》み出《だ》した。代助は格子の外《そと》から、三千代の極《きわ》めて薄手《うすで》な皮膚を眺めて、戸の開《あ》くのを静かに待《ま》つた。三千代は、
「御待遠さま」と云つて、代助を誘《いざな》ふ様に、一足《ひとあし》横《よこ》へ退《の》いた。代助は三千代とすれ/\になつて内《うち》へ這入《はい》つた。座敷《ざしき》へ来《き》て見ると、平岡の机の前《まへ》に、紫《むらさき》の座蒲団がちやんと据《す》ゑてあつた。代助はそれを見た時|一寸《ちよつと》厭《いや》な心持がした。土《つち》の和《な》れない庭《には》の色《いろ》が黄色《きいろ》に光《ひか》る所に、長《なが》い草が見苦しく生《は》えた。
 代助は又|忙《いそ》がしい所を、邪魔に来《き》て済まないといふ様な尋常な云訳《いひわけ》を述べながら、此無趣味な庭《には》を眺めた。其時三千代をこんな家《うち》へ入れて置《お》くのは実際気の毒だといふ気が起《おこ》つた。三千代は水《みづ》いぢりで爪先《つまさき》の少《すこ》しふやけた手《て》を膝《ひざ》の上《うへ》に重《かさ》ねて、あまり退屈《たいくつ》だから張物《はりもの》をしてゐた所だと云つた。三千代の退屈といふ意味は、夫《おつと》が始終|外《そと》へ出《で》てゐて、単調な留守居の時間を無聊に苦しむと云ふ事であつた。代助はわざと、
「結構な身分《みぶん》ですね」と冷《ひや》かした。三千代は自分の荒涼な胸《むね》の中《うち》を代助に訴へる様子もなかつた。黙《だま》つて、次《つぎ》の間《ま》へ立《た》つて行《い》つた。用簟笥の環《くわん》を響《ひゞ》かして、赤《あか》い天鵞絨で張《は》つた小《ち》さい箱《はこ》を持《も》つて出《で》て来《き》た。代助の前《まへ》へ坐《すは》つて、それを開《あ》けた。中《なか》には昔し代助の遣《や》つた指環がちやんと這入《はい》つてゐた。三千代は、たゞ
「可《い》でせう、ね」と代助に謝罪する様に云つて、すぐ又立つて次《つぎ》の間《ま》へ行《い》つた。さうして、世《よ》の中《なか》を憚《はゞ》かる様に、記念の指環をそこ/\に用簟笥に仕舞つて元《もと》の坐に戻つた。代助は指環に就ては何事も語《かた》らなかつた。庭《には》の方を見て、
「そんなに閑《ひま》なら、庭《には》の草《くさ》でも取《と》つたら、何《ど》うです」と云つた。すると今度は三千代の方が黙
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