なかつた。代助も夫《それ》以上を聞く勇気がなかつた。たゞ蒼白《あをしろ》い三千代の顔を眺めて、その中《うち》に、漠然たる未来の不安を感じた。
五の一
翌日《よくじつ》朝《あさ》早《はや》く門野《かどの》は荷車《にぐるま》を三台|雇《やと》つて、新橋の停車場《ていしやば》迄平岡の荷物《にもつ》を受取《うけと》りに行《い》つた。実は疾《と》うから着《つ》いて居たのであるけれども、宅《うち》がまだ極《きま》らないので、今日《けふ》迄其儘にしてあつたのである。往復の時間と、向ふで荷物を積み込む時間を勘定して見ると、何《ど》うしても半日仕事である。早く行かなけりや、間《ま》に合はないよと代助は寐床を出るとすぐ注意した。門野《かどの》は例の調子で、なに訳《わけ》はありませんと答へた。此男は、時間の考などは、あまりない方だから、斯う簡便な返事が出来たんだが、代助から説明を聞いて始めて成程と云ふ顔をした。それから荷物を平岡の宅《うち》へ届《とゞ》けた上に、万事奇麗に片付く迄手伝をするんだと云はれた時は、えゝ承知しました、なに大丈夫ですと気軽に引き受けて出て行つた。
それから十一時
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