四の五
代助は烟草《たばこ》へ火《ひ》を点《つ》けて、吸口《すひくち》を啣《くわ》へた儘、椅子の脊《せ》に頭《あたま》を持《も》たせて、寛《くつ》ろいだ様に、
「久し振《ぶ》りだから、何か御馳走しませうか」と聞《き》いた。さうして心《こゝろ》のうちで、自分の斯う云ふ態度が、幾分か此女の慰藉になる様に感じた。三千代は、
「今日《けふ》は沢山《たくさん》。さう緩《ゆつく》りしちやゐられないの」と云つて、昔《むかし》の金歯《きんば》を一寸《ちょつと》見せた。
「まあ、可《い》いでせう」
代助は両手を頭《あたま》の後《うしろ》へ持《も》つて行つて、指《ゆび》と指《ゆび》を組み合せて三千代を見た。三千代はこゞんで帯の間《あひだ》から小さな時計を出《だ》した。代助が真珠の指輪を此女に贈《おくり》ものにする時、平岡は此時計を妻に買つて遣《や》つたのである。代助は、一つ店《みせ》で別々《べつ/\》の品物《しなもの》を買つた後《あと》、平岡と連《つ》れ立《だ》つて其所《そこ》の敷居《しきゐ》を跨《また》ぎながら互に顔を見合せて笑つた事を記憶してゐる。
「おや、もう三時過ぎね。まだ二時位かと思つて
前へ
次へ
全490ページ中82ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング