事をしたか分《わか》らない位気にも留《と》めなかつた。たゞ心《こゝろ》のうちでは、門野|所《どころ》か、この己《おれ》が危《あや》しい位だと思つた。
食事《しよくじ》を終るや否や、本郷から寺尾が来《き》た。代助は門野の顔《かほ》を見て暫らく考へてゐた。門野《かどの》は無雑作に、
「断《ことわ》りますか」と聞いた。代助は此間から珍らしくある会《くわい》を一二回欠席した。来客も逢《あ》はないで済《す》むと思ふ分は両度程謝絶した。
代助は思ひ切つて寺尾に逢つた。寺尾は何時《いつ》もの様に、血眼《ちまなこ》になつて、何か探《さが》してゐた。代助は其様子を見て、例の如く皮肉で持ち切る気にもなれなかつた。翻訳だらうが焼き直しだらうが、生きてゐるうちは何処《どこ》迄も遣《や》る覚悟だから、寺尾の方がまだ自分より社会の児《じ》らしく見えた。自分がもし失脚して、彼と同様の地位に置かれたら、果して何《ど》の位の仕事に堪えるだらうと思ふと、代助は自分に対して気の毒になつた。さうして、自分が遠からず、彼《かれ》よりも甚《ひど》く失脚するのは、殆んど未発の事実の如く確《たしか》だと諦めてゐたから、彼は侮蔑の
前へ
次へ
全490ページ中420ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング