親爺《おやぢ》は、固く斯う信じてゐた。自分が代助に存在を与へたといふ単純な事実が、あらゆる不快苦痛に対して、永久愛情の保証になると考へた親爺《おやぢ》は、その信念をもつて、ぐん/\押して行つた。さうして自分に冷淡な一個の息子《むすこ》を作り上《あ》げた。尤も代助の卒業前後からは其待遇法も大分変つて来《き》て、ある点から云へば、驚ろく程寛大になつた所もある。然しそれは代助が生《うま》れ落ちるや否や、此|親爺《おやぢ》が代助に向つて作つたプログラムの一部分の遂行に過ぎないので、代助の心意の変移を見抜いた適宜の処置ではなかつたのである。自分の教育が代助に及ぼした悪結果に至つては、今に至つて全く気が付かずにゐる。
親爺《おやぢ》は戦争に出《で》たのを頗る自慢にする。稍《やゝ》もすると、御|前《まへ》抔はまだ戦争をした事がないから、度胸が据《すわ》らなくつて不可《いか》んと一概にけなして仕舞ふ。恰も度胸が人間《にんげん》至上な能力であるかの如き言草《いひぐさ》である。代助はこれを聞《き》かせられるたんびに厭《いや》な心持がする。胆力は命《いのち》の遣《や》り取《と》りの劇《はげ》しい、親爺《お
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