代助は塀《へい》の本《もと》に身《み》を寄《よ》せて、凝《じつ》と様子を窺《うかゞ》つた。しばらくは、何の音《おと》もなく、家《いへ》のうちは全く静《しづか》であつた。代助は門《もん》を潜《くゞ》つて、格子の外《そと》から、頼《たの》むと声を掛《か》けて見様かと思つた。すると、椽側に近《ちか》く、ぴしやりと脛《すね》を叩《たゝ》く音《おと》がした。それから、人《ひと》が立つて、奥《おく》へ這入つて行く気色《けしき》であつた。やがて話声《はなしごえ》が聞《きこ》えた。何《なん》の事か善《よ》く聴き取れなかつたが、声は慥《たしか》に、平岡と三千代であつた。話声《はなしごえ》はしばらくで歇《や》んで仕舞つた。すると又足音が椽側迄|近付《ちかづ》いて、どさりと尻を卸《おろ》す音《おと》が手に取る様に聞《きこ》えた。代助は夫《それ》なり塀《へい》の傍《そば》を退《しりぞ》いた。さうして元《もと》来《き》た道《みち》とは反対の方角に歩《ある》き出《だ》した。
 しばらくは、何処《どこ》を何《ど》う歩《ある》いてゐるか夢中であつた。其間《そのあひだ》代助の頭《あたま》には今見た光景ばかりが煎り付《つ
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