巡査が後《あと》を付ける。万一見失ひでもしやうものなら非常な事件になる。今本郷に現はれた、今神田へ来《き》たと、夫《それ》から夫《それ》へと電話が掛《かゝ》つて東京市中大騒ぎである。新宿《しんじゆく》警察署では秋水|一人《ひとり》の為《ため》に月々《つき/″\》百円|使《つか》つてゐる。同じ仲間《なかま》の飴屋《あめや》が、大道で飴細工《あめざいく》を拵《こしら》えてゐると、白服《しろふく》の巡査が、飴《あめ》の前《まへ》へ鼻《はな》を出《だ》して、邪魔になつて仕方《しかた》がない。
 是も代助の耳《みゝ》には、真面目《まじめ》な響《ひゞき》を与へなかつた。
「矢っ張り現代的滑稽の標本ぢやないか」と平岡は先刻《さつき》の批評を繰《く》り返《かへ》しながら、代助を挑《いど》んだ。代助はさうさと笑つたが、此方面にはあまり興味がないのみならず、今日《けふ》は平生《いつも》の様に普通の世間|話《ばなし》をする気でないので、社会主義の事はそれなりにして置いた。先刻《さつき》平岡の呼ばうと云ふ芸者を無理に已めさしたのも是が為《ため》であつた。
「実《じつ》は君《きみ》に話《はな》したい事があるんだ
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