たま》を要するものはないと云ふ理由《わけ》を説明した。
「成程たゞ筆《ふで》が達者な丈ぢや仕様があるまいよ」と代助は別に感服した様子を見せなかつた。すると、平岡は斯《か》う云つた。
「僕は経済方面の係りだが、単にそれ丈でも中々《なか/\》面白い事実が挙《あ》がつてゐる。ちと、君の家《うち》の会社の内幕《うちまく》でも書《か》いて御覧に入れやうか」
代助は自分の平生の観察から、斯《こ》んな事を云はれて、驚ろく程ぼんやりしては居《ゐ》なかつた。
「書《か》くのも面白《おもしろ》いだらう。其代り公平に願ひたいな」と云つた。
「無論|嘘《うそ》は書《か》かない積《つもり》だ」
「いえ、僕《ぼく》の兄《あに》の会社ばかりでなく、一列一体《いちれついつたい》に筆誅して貰ひたいと云ふ意味だ」
平岡は此時邪気のある笑《わら》ひ方《かた》をした。さうして、
「日糖事件丈ぢや物足《ものた》りないからね」と奥歯に物の挟《はさ》まつた様に云つた。代助は黙《だま》つて酒を飲んだ。話《はなし》は此調子で段々はずみを失《うしな》ふ様に見えた。すると平岡は、実業界の内状に関聯するとでも思つたものか、何かの拍子に、
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