向《むか》ふの思はしくない事や、物価の高くて活計《くらし》にくい事や、親類も縁者もなくて心細い事や、東京の方へ出《で》たいが都合はつくまいかと云ふ事や、――凡て憐れな事ばかり書《か》いてあつた。代助は叮嚀に手紙を巻《ま》き返して、三千代に渡《わた》した。其時三千代は眼《め》の中《なか》に涙《なみだ》を溜《た》めてゐた。
 三千代の父はかつて多少の財産と称《とな》へらるべき田畠の所有者であつた。日露戦争の当時、人の勧《すゝめ》に応じて、株に手を出して全く遣《や》り損《そく》なつてから、潔よく祖先の地を売り払つて、北海道へ渡つたのである。其後《そのご》の消息は、代助も今《いま》此手紙を見せられる迄一向知らなかつた。親類はあれども無《な》きが如しだとは三千代の兄《あに》が生きてゐる時分よく代助に語つた言葉であつた。果《はた》して三千代は、父《ちゝ》と平岡ばかりを便《たより》に生きてゐた。
「貴方《あなた》は羨《うらや》ましいのね」と瞬《またゝ》きながら云つた。代助はそれを否定する勇気に乏しかつた。しばらくしてから又、
「何《なん》だつて、まだ奥《おく》さんを御貰《おもら》ひなさらないの」と聞
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