高木を誠吾と代助に托して、しばらく談話の圏外に出《で》た。誠吾は、何の苦もなく、神戸の宿屋《やどや》やら、楠公神社やら、手当り次第に話題を開拓して行つた。さうして、其中《そのうち》に自然令嬢の演ずべき役割を拵《こしら》えた。令嬢はたゞ簡単に、必要な言葉丈を点じては逃げた。代助と高木とは、始め同志社を問題にした。それから亜米利加の大学の状況に移つた。最後にエマーソンやホーソーンの名が出《で》た。代助は、高木に斯《か》う云ふ種類の知識があるといふ事を確めたけれども、たゞ確めた丈で、それより以上に深入《ふかいり》もしなかつた。従つて文学談は単に二三の人名と書名に終つて、少しも発展しなかつた。
 梅子は固より初《はじめ》から断《た》えず口《くち》を動《うご》かしてゐた。其努力の重《おも》なるものは、無論自分の前にゐる令嬢の遠慮と沈黙を打ち崩すにあつた。令嬢は礼義上から云つても、梅子の間断《かんだん》なき質問に応じない訳に行かなかつた。けれども積極的に自分から梅子の心《こゝろ》を動《うご》かさうと力《つと》めた形迹は殆んどなかつた。たゞ物《もの》を云ふときに、少し首《くび》を横《よこ》に曲《ま》
前へ 次へ
全490ページ中309ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング