《どく》ぢやないでせう」と三千代は手に持《も》つた洋盃《コツプ》を代助の前へ出《だ》して、透《す》かして見《み》せた。
「毒《どく》でないつたつて、もし二日《ふつか》も三日《みつか》も経《た》つた水《みづ》だつたら何《ど》うするんです」
「いえ、先刻《さつき》来《き》た時、あの傍《そば》迄|顔《かほ》を持《も》つて行つて嗅《か》いで見たの。其時、たつた今|其鉢《そのはち》へ水《みづ》を入れて、桶《おけ》から移《うつ》した許《ばかり》だつて、あの方《かた》が云つたんですもの。大丈夫だわ。好《い》い香《にほひ》ね」
 代助は黙《だま》つて椅子へ腰《こし》を卸した。果して詩《し》の為《ため》に鉢《はち》の水を呑んだのか、又は生理上の作用に促《うな》がされて飲んだのか、追窮する勇気も出《で》なかつた。よし前者《ぜんしや》とした所で、詩を衒《てら》つて、小説の真似なぞをした受売《うけうり》の所作とは認められなかつたからである。そこで、たゞ、
「気分はもう好《よ》くなりましたか」と聞《き》いた。

       十の五

 三千代の頬《ほゝ》に漸やく色が出《で》て来《き》た。袂《たもと》から手帛《
前へ 次へ
全490ページ中229ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング