読んだ。それが一人《ひとり》や二人《ふたり》ではなかつた。他の新聞の記《しる》す所によれば、もし厳重に、それからそれへと、手を延ばしたら、東京は一時殆んど無警察の有様に陥《おちい》るかも知れないさうである。代助は其記事を読んだとき、たゞ苦笑した丈であつた。さうして、生活の大難に対抗せねばならぬ薄給の刑事が、悪い事をするのは、実際尤もだと思つた。
 代助が父に逢《あ》つて、結婚の相談を受けた時も、少し是と同様の気がした。が、これはたゞ父《ちゝ》に信仰がない所から起る、代助に取つて不幸な暗示に過ぎなかつた。さうして代助は自分の心のうちに、かゝる忌はしい暗示を受けたのを、不徳義とは感じ得なかつた。それが事実となつて眼前にあらはれても、矢張り父《ちゝ》を尤もだと肯《うけが》ふ積りだつたからである。
 代助は平岡に対しても同様の感じを抱いてゐた。然し平岡に取つては、それが当然な事であると許してゐた。たゞ平岡を好《す》く気になれない丈であつた。代助は兄を愛してゐた。けれども其兄に対しても矢張り信仰は有《も》ち得なかつた。嫂《あによめ》は実意のある女であつた。然し嫂《あによめ》は、直接生活の難関に当
前へ 次へ
全490ページ中213ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング