に笑つた。
「今迄斯んな所へ奉公した事がないんだから仕方がない」
「君の家《うち》から誰《だれ》か連《つ》れて呉れば好《い》いのに。大勢《おほぜい》ゐるだらう」
「みんな若《わか》いの許りでね」と代助は真面目《まじめ》に答へた。平岡は此時始めて声を出して笑つた。
「若《わか》けりや猶結構ぢやないか」
「兎に角|家《うち》の奴《やつ》は好《よ》くないよ」
「あの婆《ばあ》さんの外《ほか》に誰《だれ》かゐるのかい」
「書生が一人《ひとり》ゐる」
門野《かどの》は何時《いつ》の間《ま》にか帰つて、台所《だいどころ》の方で婆さんと話《はなし》をしてゐた。
「それ限《ぎ》りかい」
「それ限《ぎ》りだ。何故《なぜ》」
「細君はまだ貰《もら》はないのかい」
代助は心持赤い顔をしたが、すぐ尋常一般の極めて平凡な調子になつた。
「妻《さい》を貰つたら、君の所へ通知|位《ぐらゐ》する筈ぢやないか。夫《それ》よりか君の」と云ひかけて、ぴたりと已めた。
二の二
代助と平岡とは中学時代からの知り合で、殊に学校を卒業して後《のち》、一年間といふものは、殆んど兄弟の様に親しく往来した。其時分
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