か》りは二人《ふたり》の顔を照らすには余り不充分であつた。代助は掛《か》けてゐる籐《と》椅子の肱掛《ひぢかけ》を両手で握《にぎ》つた。
「余程|悪《わる》いのか」と強く聞いた。
「何《ど》うですか、能く分《わか》りませんが。何《なん》でもさう軽《かる》さうでもない様でした。然し平岡さんが明日《あした》御出《おいで》になられる位なんだから、大《たい》した事《こと》ぢやないでせう」
代助は少し安心した。
「何だい。病気は」
「つい聞《き》き落《おと》しましたがな」
二人《ふたり》の問答は夫《それ》で絶《た》えた。門野《かどの》は暗《くら》い廊下を引き返して、自分の部屋へ這入つた。静《しづ》かに聞いてゐると、しばらくして、洋燈《ランプ》の蓋《かさ》をホヤに打《ぶ》つける音《おと》がした。門野は灯火《あかり》を点《つ》けたと見えた。
代助は夜《よ》の中《なか》に猶|凝《じつ》としてゐた。凝《じつ》としてゐながら、胸《むね》がわく/\した。握《にぎ》つてゐる肱掛《ひぢかけ》に、手から膏《あぶら》が出《で》た。代助は又手を鳴らして門野を呼び出した。門野《かどの》のぼんやりした白地《しろぢ》が又廊下のはづれに現《あら》はれた。
「まだ暗闇《くらやみ》ですな。洋燈《ランプ》を点《つ》けますか」と聞いた。代助は洋燈《ランプ》を断《ことわ》つて、もう一度《いちど》、三千代の病気を尋ねた。看護婦の有無やら、平岡の様子やら、新聞社を休んだのは、細君の病気の為《ため》だか、何《ど》うだか、と云ふ点に至る迄、考へられる丈問ひ尽した。けれども門野の答は必竟前と同じ事を繰り返すのみであつた。でなければ、好加減な当《あて》ずつぽうに過ぎなかつた。それでも、代助には一人《ひとり》で黙つてゐるよりも堪《こら》え易《やす》かつた。
十六の六
寐《ね》る前《まへ》に門野《かどの》が夜中投函から手紙を一本|出《だ》して来《き》た。代助は暗い中《うち》でそれを受取《うけと》つた儘、別《べつ》に見様ともしなかつた。門野《かどの》は、
「御宅《おたく》からの様です。灯火《あかり》を持《も》つて来《き》ませうか」と促《うな》がす如くに注意した。
代助は始めて洋燈《ランプ》を書斎に入れさして、其下《そのした》で、状袋の封を切《き》つた。手紙は梅子から自分に宛《あ》てた可なり長いものであつた。――
「此間から奥さんの事で貴方《あなた》も嘸《さぞ》御迷惑なすつたらう。此方《こつち》でも御父《おとう》様始め兄《にい》さんや、私《わたくし》は随分心配をしました。けれども其甲斐もなく先達て御|出《いで》の時《とき》、とう/\御父《おとう》さんに断然御|断《ことわ》りなすつた御様子、甚だ残念ながら、今では仕方がないと諦《あき》らめてゐます。けれども其節御父様は、もう御前の事は構はないから、其積でゐろと御怒りなされた由、後《あと》で承りました。其|後《のち》あなたが御出《おいで》にならないのも、全く其|為《ため》ぢやなからうかと思つてゐます。例月のものを上《あ》げる日《ひ》には何《ど》うかとも思ひましたが、矢張り御|出《いで》にならないので、心配してゐます。御父さんは打遣《うちや》つて置けと仰います。兄さんは例の通り呑気で、困つたら其|内《うち》来《く》るだらう。其時|親爺《おやぢ》によく詫《あやま》らせるが可《い》い。もし来《こ》ない様だつたら、おれの方から行つてよく異見してやると云つてゐます。けれども、結婚の事は三人とももう断念してゐるんですから、其点では御迷惑になる様な事はありますまい。尤も御父さんは未《ま》だ怒《おこ》つて御|出《いで》の様子です。私の考では当分|昔《むかし》の通りになる事は、六づかしいと思ひます。それを考へると、貴方《あなた》が入らつしやらない方が却つて貴方《あなた》の為《ため》に宜《い》いかも知れません。たゞ心配になるのは月々|上《あ》げる御|金《かね》の事です。貴方《あなた》の事だから、さう急に自分で御|金《かね》を取る気遣はなからうと思ふと、差し当り御困りになるのが眼の前に見える様で、御気の毒で堪《たま》りません。で、私の取計で例月分を送つて上《あ》げるから、御受取の上は是で来月迄持ち応《こた》へて入らつしやい。其|内《うち》には御父さんの御機嫌も直《なほ》るでせう。又|兄《にい》さんからも、さう云つて頂く積です。私《わたくし》も好《い》い折《をり》があれば、御|詫《わび》をして上《あ》げます。それ迄は今迄通り遠慮して入らつしやる方が宜《よ》う御座います。……」
まだ後《あと》が大分あつたが、女の事だから、大抵は重複に過ぎなかつた。代助は中《なか》に這入つてゐた小切手を引き抜《ぬ》いて、手紙丈をもう一遍よく読み直した上《うへ》、丁寧
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