して来《き》たので、中々《なか/\》立派に見える。
「何《ど》うです、彼方《あつち》へ行《い》つて、ちと外国人と話《はなし》でもしちや」
「いや、真平《まつぴら》だ」と云つて兄《あに》は苦笑《にがわら》ひをした。さうして大きな腹《はら》にぶら下《さ》がつてゐる金鎖《きんぐさり》を指《ゆび》の先《さき》で弄《いぢく》つた。
「何《ど》うも外国人は調子が可《い》いですね。少《すこ》し可《よ》すぎる位だ。あゝ賞《ほ》められると、天気の方でも是非|好《よ》くならなくつちやならなくなる」
「そんなに天気を賞《ほ》めてゐたのかい。へえ。少し暑過《あつす》ぎるぢやないか」
「私《わたし》にも暑過《あつす》ぎる」
 誠吾と代助は申し合せた様に、白い手巾《ハンケチ》を出《だ》して額《ひたひ》を拭《ふ》いた。両人《ふたり》共|重《おも》い絹帽《シルクハツト》を被《かぶ》つてゐる。
 兄弟は芝生の外《はづ》れの木蔭《こかげ》迄|来《き》て留《とま》つた。近所には誰《だれ》もゐない。向ふの方で余興か何《なに》か始まつてゐる。それを、誠吾は、宅《うち》にゐると同じ様な顔をして、遠くから眺めた。
「兄《あに》の様になると、宅《うち》にゐても、客に来《き》ても同じ心持ちなんだらう。斯《か》う世の中《なか》に慣れ切つて仕舞つても、楽しみがなくつて、詰《つま》らないものだらう」と思ひながら代助は誠吾の様子を見てゐた。
「今日《けふ》は御父《おとう》さんは何《ど》うしました」
「御父《おとう》さんは詩《し》の会《くわい》だ」
 誠吾は相変らず普通の顔で答へたが、代助の方は多少|可笑《おか》しかつた。
「姉《ねえ》さんは」
「御客の接待掛りだ」
 また嫂《あによめ》が後《あと》で不平を云ふ事だらうと考へると、代助は又|可笑《おか》しくなつた。

       五の四

 代助は、誠吾の始終|忙《いそが》しがつてゐる様子を知つてゐる。又その忙《いそが》しさの過半は、斯《か》う云ふ会合から出来上《できあ》がつてゐるといふ事実も心得てゐる。さうして、別に厭《いや》な顔《かほ》もせず、一口《ひとくち》の不平も零《こぼ》さず、不規則に酒を飲んだり、物《もの》を食《く》つたり、女を相手にしたり、してゐながら、何時《いつ》見ても疲《つか》れた態《たい》もなく、噪《さわ》ぐ気色もなく、物外に平然として、年々肥満してくる
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