てゐた。
「今日《けふ》は妙な半襟《はんえり》を掛けてますね」
「これ?」
 梅子は顎《あご》を縮《ちゞ》めて、八の字を寄せて、自分の襦袢の襟を見やうとした。
「此間《こないだ》買つたの」
「好《い》い色だ」
「まあ、そんな事は、何《ど》うでも可《い》いから、其所《そこ》へ御掛《おか》けなさいよ」
 代助は嫂《あによめ》の真《ま》正面へ腰を卸した。
「へえ掛《か》けました」
「一体《いつたい》今日《けふ》は何を叱《しか》られたんです」
「何を叱《しか》られたんだか、あんまり要領を得ない。然し御父《おとう》さんの国家社会の為《ため》に尽すには驚ろいた。何でも十八の年《とし》から今日迄《こんにちまで》のべつに尽《つく》してるんだつてね」
「それだから、あの位に御成りになつたんぢやありませんか」
「国家社会の為に尽《つく》して、金《かね》が御父《おとう》さん位儲かるなら、僕も尽《つく》しても好《い》い」
「だから遊んでないで、御|尽《つく》しなさいな。貴方《あなた》は寐てゐて御金《おかね》を取《と》らうとするから狡猾よ」
「御金《おかね》を取らうとした事は、まだ有《あ》りません」
「取《と》らうとしなくつても、使《つか》ふから同《おんな》じぢやありませんか」
「兄《にい》さんが何《なん》とか云つてましたか」
「兄《にい》さんは呆《あき》れてるから、何とも云やしません」
「随分猛烈だな。然し御父《おとう》さんより兄《にい》さんの方が偉《えら》いですね」
「何《ど》うして。――あら悪《にく》らしい、又あんな御世辞を使つて。貴方《あなた》はそれが悪《わる》いのよ。真面目《まじめ》な顔をして他《ひと》を茶化すから」
「左様《そん》なもんでせうか」
「左様《そん》なもんでせうかつて、他《ひと》の事ぢやあるまいし。少《すこ》しや考へて御覧なさいな」
「何《ど》うも此所《こゝ》へ来《く》ると、丸で門野《かどの》と同《おんな》じ様になつちまふから困《こま》る」
「門野《かどの》つて何《なん》です」
「なに宅《うち》にゐる書生ですがね。人《ひと》に何か云はれると、屹度|左様《そん》なもんでせうか、とか、左様《さう》でせうか、とか答へるんです」
「あの人が? 余っ程妙なのね」

       三の六

 代助は一寸《ちよつと》話《はなし》を已《や》めて、梅子《うめこ》の肩越《かたごし》に、窓
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