からも兄《あに》からも便《たより》は一向なかつた。代助は始めは家《うち》のものが、自分に出来る丈長い、反省再考の時間を与へる為《ため》の策略ではあるまいかと推察して、平気に構へてゐた。三度の食事も旨《うま》く食《く》つた。夜《よる》も比較的|安《やす》らかな夢を見た。雨《あめ》の晴間《はれま》には門野《かどの》を連れて散歩を一二度した。然し宅《うち》からは使《つかひ》も手紙《てがみ》も来《こ》なかつた。代助は絶壁《ぜつぺき》の途中で休息する時間の長過ぎるのに安《やす》からずなつた。仕舞に思ひ切つて、自分の方から青山へ出掛《でか》けて行つた。兄《あに》は例の如く留守であつた。嫂《あによめ》は代助を見《み》て気の毒さうな顔をした。が、例の事件に就ては何にも語《かた》らなかつた。代助の来意を聞《き》いて、では私《わたし》が一寸《ちよつと》奥《おく》へ行《い》つて御父《おとう》さんの御都合を伺《うかゞ》つて来《き》ませうと云つて立つた。梅子の態度は、父《ちゝ》の怒りから代助を庇《かば》う様にも見えた。又彼を疎外する様にも取《と》れた。代助は両方の何《いづ》れだらうかと煩《わづら》つて待つてゐた。待ちながらも、何《ど》うせ覚悟の前だと何遍も口《くち》のうちで繰り返した。
奥から梅子が出て来る迄には、大分|暇《ひま》が掛《かゝ》つた。代助を見て、又気の毒さうに、今日《けふ》は御都合が悪《わる》いさうですよと云つた。代助は仕方なしに、何時《いつ》来《き》たら宜《よ》からうかと尋ねた。固より例《れい》の様《やう》な元気はなく悄然とした問ひ振りであつた。梅子は代助の様子に同情の念を起した調子で、二三日中に屹度自分が責任を以て都合の好《い》い時日を知らせるから今日《けふ》は帰れと云つた。代助が内玄関を出《で》る時、梅子はわざと送つて来《き》て、
「今度《こんだ》こそ能く考へて入らつしやいよ」と注意した。代助は返事もせずに門《もん》を出《で》た。
十五の二
帰る途中《とちう》も不愉快で堪《たま》らなかつた。此間《このあひだ》三千代に逢《あ》つて以後、味はう事を知つた心の平和を、父《ちゝ》や嫂《あによめ》の態度で幾分か破壊されたと云ふ心持が路々《みち/\》募つた。自分は自分の思ふ通りを父《ちゝ》に告《つ》げる、父《ちゝ》は父《ちゝ》の考へを遠慮なく自分に洩らす、それで
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