は少し呼吸が逼《せま》つた。けれども、罪あるものが雷火《らいくわ》に打たれた様な気は全たくなかつた。彼は平生にも似ず論理に合はない事をたゞ衝動的に云つた。然しそれは眼《め》の前にゐる平岡のためだと固く信じて疑《うたが》はなかつた。彼は平岡夫婦を三年前の夫婦にして、それを便《たより》に、自分を三千代から永く振り放《はな》さうとする最後の試《こゝろ》みを、半ば無意識的に遣《や》つた丈であつた。自分と三千代の関係を、平岡から隠《かく》す為《ため》の、糊塗策《ことさく》とは毫も考へてゐなかつた。代助は平岡に対して、左程に不信な言動《げんどう》を敢てするには、余《あま》りに高尚であると、優に自己を評価してゐた。しばらくしてから、代助は又平生の調子に帰《かへ》つた。
「だつて、君がさう外《そと》へ許《ばかり》出《で》てゐれば、自然|金《かね》も要《い》る。従つて家《うち》の経済も旨《うま》く行かなくなる。段々家庭が面白くなくなる丈ぢやないか」
 平岡は、白襯衣《しろしやつ》の袖《そで》を腕《うで》の中途《ちうと》迄|捲《まく》り上《あ》げて、
「家庭か。家庭もあまり下《くだ》さつたものぢやない。家庭を重《おも》く見るのは、君《きみ》の様な独身|者《もの》に限《かぎ》る様だね」と云つた。

       十三の八

 此|言葉《ことば》を聞《き》いたとき、代助は平岡が悪《にく》くなつた。あからさまに自分の腹《はら》の中《なか》を云ふと、そんなに家庭が嫌《きらひ》なら、嫌《きらひ》でよし、其代り細君を奪《と》つちまふぞと判然《はつきり》知らせたかつた。けれども二人《ふたり》の問答は、其所《そこ》迄|行《ゆ》くには、まだ中中《なかなか》間《あひだ》があつた。代助はもう一遍|外《ほか》の方面から平岡の内部に触れて見た。
「君《きみ》が東京へ着《き》たてに、僕は君から説教されたね。何《なに》か遣《や》れつて」
「うん。さうして君の消極な哲学を聞《き》かされて驚ろいた」
 代助は実際平岡が驚ろいたらうと思つた。その時の平岡は、熱病に罹《かゝ》つた人間《にんげん》の如く行為《アクシヨン》に渇《かは》いてゐた。彼は行為《アクシヨン》の結果として、富を冀つてゐたか、もしくは名誉、もしくは権勢を冀つてゐたか。夫《それ》でなければ、活動としての行為《アクシヨン》其物を求めてゐたか。それは代助にも分《
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