ふと、日清戦争の当時、大倉組に起《おこ》つた逸話を代助に吹聴した。その時、大倉組は広島で、軍隊用の食料品として、何百頭かの牛を陸軍に納める筈になつてゐた。それを毎日《まいにち》何《なん》頭かづつ、納めて置いては、夜《よる》になると、そつと行つて偸《ぬす》み出《だ》して来《き》た。さうして、知らぬ顔をして、翌日《あくるひ》同じ牛《うし》を又納めた。役人は毎日々々同じ牛を何遍も買《か》つてゐた。が仕舞に気が付いて、一遍受取つた牛には焼印を押した。所がそれを知らずに、又|偸《ぬす》み出《だ》した。のみならず、それを平気に翌日《あくるひ》連れて行《い》つたので、とう/\露見《ろけん》して仕舞つたのださうである。
代助は此話《このはなし》を聞いた時、その実社会に触れてゐる点に於て、現代的滑稽の標本だと思つた。平岡はそれから、幸徳秋水と云ふ社会主義の人《ひと》を、政府がどんなに恐れてゐるかと云ふ事を話した。幸徳秋水の家《いへ》の前《まへ》と後《うしろ》に巡査が二三人|宛《づゝ》昼夜|張番《はりばん》をしてゐる。一時は天幕《てんと》を張つて、其|中《なか》から覗《ねら》つてゐた。秋水が外出すると、巡査が後《あと》を付ける。万一見失ひでもしやうものなら非常な事件になる。今本郷に現はれた、今神田へ来《き》たと、夫《それ》から夫《それ》へと電話が掛《かゝ》つて東京市中大騒ぎである。新宿《しんじゆく》警察署では秋水|一人《ひとり》の為《ため》に月々《つき/″\》百円|使《つか》つてゐる。同じ仲間《なかま》の飴屋《あめや》が、大道で飴細工《あめざいく》を拵《こしら》えてゐると、白服《しろふく》の巡査が、飴《あめ》の前《まへ》へ鼻《はな》を出《だ》して、邪魔になつて仕方《しかた》がない。
是も代助の耳《みゝ》には、真面目《まじめ》な響《ひゞき》を与へなかつた。
「矢っ張り現代的滑稽の標本ぢやないか」と平岡は先刻《さつき》の批評を繰《く》り返《かへ》しながら、代助を挑《いど》んだ。代助はさうさと笑つたが、此方面にはあまり興味がないのみならず、今日《けふ》は平生《いつも》の様に普通の世間|話《ばなし》をする気でないので、社会主義の事はそれなりにして置いた。先刻《さつき》平岡の呼ばうと云ふ芸者を無理に已めさしたのも是が為《ため》であつた。
「実《じつ》は君《きみ》に話《はな》したい事があるんだ
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