決心であつた。給仕に名刺を渡《わた》して、埃《ほこり》だらけの受付《うけつけ》に待《ま》つてゐる間《あひだ》、彼《かれ》はしばしば袂《たもと》から手帛《ハンケチ》を出《だ》して、鼻を掩ふた。やがて、二階の応接|間《ま》へ案内された。其所《そこ》は風|通《とほ》しの悪《わる》い、蒸《む》し暑《あつ》い、陰気な狭《せま》い部屋であつた。代助は此所《こゝ》で烟草《たばこ》を一本|吹《ふ》かした。編輯室と書《か》いた戸口《とぐち》が始終|開《あ》いて、人《ひと》が出《で》たり這入《はい》つたりした。代助の逢《あ》ひに来《き》た平岡も其|戸口《とぐち》から現《あら》はれた。先達て見《み》た夏服《なつふく》を着《き》て、相変らず奇麗な襟《カラ》とカフスを掛《か》けてゐた。忙《いそが》しさうに、
「やあ、暫《しばら》く」と云つて代助の前《まへ》に立《た》つた。代助も相手に唆《そゝの》かされた様に立ち上《あ》がつた。二人《ふたり》は立《た》ちながら一寸《ちよつと》話《はなし》をした。丁度編輯のいそがしい時《とき》で緩《ゆつ》くり何《ど》うする事も出来なかつた。代助は改めて平岡の都合を聞いた。平岡はポツケツトから時計を出《だ》して見て、
「失敬だが、もう一時間程して来《き》てくれないか」と云つた。代助は帽子を取つて、又|暗《くら》い埃《ほこり》だらけの階段を下《お》りた。表へ出《で》ると、夫《それ》でも涼《すゞ》しい風が吹いた。
代助はあてもなく、其所《そこ》いらを逍遥《ぶらつ》いた。さうして、愈平岡と逢つたら、どんな風に話《はなし》を切《き》り出《だ》さうかと工夫した。代助の意は、三千代に刻下の安慰を、少しでも与へたい為《ため》に外《ほか》ならなかつた。けれども、夫《それ》が為《ため》に、却つて平岡の感情を害《がい》する事があるかも知れないと思つた。代助は其悪結果の極端として、平岡と自分の間に起り得る破裂をさへ予想した。然し、其時は何《ど》んな具合にして、三千代を救はうかと云ふ成|案《あん》はなかつた。代助は三千代と相対《あひたい》づくで、自分等《じぶんら》二人《ふたり》の間《あひだ》をあれ以上に何《ど》うかする勇気を有《も》たなかつたと同時に、三千代のために、何《なに》かしなくては居られなくなつたのである。だから、今日《けふ》の会見は、理知の作用から出《で》た安全の策と云ふより
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