たらしい。
「大変|遅《おそ》うがしたな。明日《あした》は何時《なんじ》の汽車で御|立《た》ちですか」と玄関へ上《あが》るや否《いな》や問《とひ》を掛《か》けた。代助は、微笑しながら、
「明日《あした》も御|已《や》めだ」と答《こた》へて、自分の室《へや》へ這入《はい》つた。そこには床《とこ》がもう敷《し》いてあつた。代助は先刻《さつき》栓《せん》を抜《ぬ》いた香水を取つて、括枕《くゝりまくら》の上《うへ》に一滴《いつてき》垂《た》らした。夫《それ》では何だか物足《ものた》りなかつた。壜《びん》を持《も》つた儘《まゝ》、立《た》つて室《へや》の四隅《よすみ》へ行《い》つて、そこに一二滴づゝ振《ふ》りかけた。斯様《かやう》に打《う》ち興《きよう》じた後《あと》、白地《しろぢ》の浴衣《ゆかた》に着換《きか》えて、新《あた》らしい小|掻巻《かいまき》の下《した》に安《やすら》かな手足《てあし》を横《よこ》たへた。さうして、薔薇《ばら》の香《か》のする眠《ねむり》に就《つ》いた。
眼《め》が覚《さ》めた時は、高い日《ひ》が椽に黄|金色《ごんしよく》の震動を射込んでゐた。枕元《まくらもと》には新聞が二枚揃えてあつた。代助は、門野が何時《いつ》、雨戸を引《ひ》いて、何時《いつ》新聞を持《も》つて来《き》たか、丸《まる》で知らなかつた。代助は長《なが》い伸《のび》を一つして起《お》き上《あが》つた。風呂場で身体《からだ》を拭《ふ》いてゐると、門野《かどの》が少《すこ》し狼狽《うろた》へた容子で遣《や》つて来《き》て、
「青山《あをやま》から御兄《おあに》いさんが御見えになりました」と云つた。代助は今直《いますぐ》行《ゆ》く旨《むね》を答へて、奇麗に身体《からだ》を拭《ふ》き取《と》つた。座敷はまだ掃除が出来てゐるか、ゐないかであつたが、自分で飛び出《だ》す必要もないと思つたから、急ぎもせずに、いつもの通り、髪《かみ》を分けて剃《そり》を中《あて》て、悠々と茶の間へ帰《かへ》つた。そこでは流石《さすが》にゆつくりと膳につく気も出《で》なかつた。立ちながら紅茶を一杯|啜《すゝ》つて、タヱルで一寸《ちよつと》口髭《くちひげ》を摩《こす》つて、それを、其所《そこ》へ放り出すと、すぐ客間へ出《で》て、
「やあ兄《にい》さん」と挨拶をした。兄《あに》は例《れい》の如《ごと》く、色《いろ》の
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