を」と、却《かへ》つて両手をぴたりと身体《からだ》へ付《つ》けて仕舞つた。代助は然し自分の手を引《ひ》き込《こ》めなかつた。
「指環を受取《うけと》るなら、これを受取つても、同じ事でせう。紙の指環《ゆびわ》だと思つて御貰ひなさい」
代助は笑ひながら、斯う云つた。三千代はでも、余《あんま》りだからとまだ※[#「足へん+厨」、第3水準1−92−39]躇した。代助は、平岡に知れると叱《しか》られるのかと聞いた。三千代は叱《しか》られるか、賞《ほ》められるか、明《あき》らかに分《わか》らなかつたので、矢張り愚図々々してゐた。代助は、叱《しか》られるなら、平岡に黙《だま》つてゐたら可《よ》からうと注意した。三千代はまだ手を出《だ》さなかつた。代助は無論|出《だ》したものを引き込《こ》める訳《わけ》に行《い》かなかつた。已《やむ》を得ず、少《すこ》し及び腰《ごし》になつて、掌《てのひら》を三千代の胸《むね》の傍《そば》迄|持《も》つて行《い》つた。同時に自分の顔《かほ》も一尺|許《ばかり》の距離に近寄《ちかよ》せて、
「大丈夫だから、御取《おと》んなさい」と確《しつか》りした低《ひく》い調子で云つた。三千代は顎《あご》を襟《えり》の中《なか》へ埋《うづ》める様に後《あと》へ引いて、無言の儘右の手を前へ出《だ》した。紙幣は其|上《うへ》に落ちた。其時三千代は長い睫毛《まつげ》を二三度打ち合はした。さうして、掌《てのひら》に落ちたものを帯《おび》の間《あひだ》に挟《はさ》んだ。
「又|来《く》る。平岡君によろしく」と云つて、代助は表《おもて》へ出《で》た。町《まち》を横断して小路《こうぢ》へ下《くだ》ると、あたりは暗くなつた。代助は美《うつ》くしい夢《ゆめ》を見た様に、暗《くら》い夜《よ》を切《き》つて歩《ある》いた。彼は三十分と立たないうちに、吾家《わがいへ》の門前《もんぜん》に来《き》た。けれども門《もん》を潜《くゞ》る気がしなかつた。彼《かれ》は高い星《ほし》を戴《いたゞ》いて、静《しづ》かな屋敷町《やしきまち》をぐる/\徘徊した。自分では、夜半迄|歩《ある》きつゞけても疲《つか》れる事はなからうと思つた。兎角《とかく》するうち、又自分の家《いへ》の前へ出《で》た。中《なか》は静《しづ》かであつた。門野《かどの》と婆《ばあ》さんは茶の間《ま》で世間話《せけんばなし》をしてゐ
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