雇つて、一日《いちにち》歩《ある》いても可《い》いと覚悟した。
彼は又旅行案内を開《ひら》いて、細かい数字を丹念《たんねん》に調べ出《だ》したが、少しも決定の運《はこび》に近寄《ちかよ》らないうちに、又三千代の方に頭《あたま》が滑《すべ》つて行《い》つた。立《た》つ前《まへ》にもう一遍様子を見て、それから東京を出《で》やうと云ふ気が起つた。グラツドストーンは今夜中《こんやぢう》に始末を付《つ》けて、明日《あす》の朝早《あさはや》く提《さ》げて行《い》かれる様にして置けば構はない事になつた。代助は急ぎ足で玄関迄|出《で》た。其|音《おと》を聞き付《つ》けて、門野《かどの》も飛び出《だ》した。代助は不断着《ふだんぎ》の儘、掛釘《かけくぎ》から帽子を取つてゐた。
「又御|出掛《でかけ》ですか。何か御買物《おかひもの》ぢやありませんか。私《わたくし》で可《よ》ければ買《か》つて来《き》ませう」と門野《かどの》が驚《おど》ろいた様《やう》に云つた。
「今夜《こんや》は已《や》めだ」と云ひ放《はな》した儘、代助は外《そと》へ出《で》た。外《そと》はもう暗《くら》かつた。美《うつ》くしい空《そら》に星《ほし》がぽつ/\影《かげ》を増《ま》して行く様に見えた。心持《こゝろもち》の好《い》い風《かぜ》が袂《たもと》を吹《ふ》いた。けれども長《なが》い足《あし》を大きく動かした代助は、二三町も歩《ある》かないうちに額際《ひたひぎは》に汗《あせ》を覚えた。彼は頭《あたま》から鳥打を脱《と》つた。黒い髪《かみ》を夜露《よつゆ》に打たして、時々《とき/″\》帽子をわざと振《ふ》つて歩《ある》いた。
平岡の家《いへ》の近所へ来《く》ると、暗《くら》い人影《ひとかげ》が蝙蝠《かはほり》の如く静《しづ》かに其所《そこ》、此所《こゝ》に動《うご》いた。粗末な板塀《いたべい》の隙間《すきま》から、洋燈《ランプ》の灯《ひ》が往来へ映《うつ》つた。三千代《みちよ》は其光《そのひかり》の下《した》で新聞を読《よ》んでゐた。今頃《いまごろ》新聞を読むのかと聞《き》いたら、二返目だと答へた。
「そんなに閑《ひま》なんですか」と代助は座蒲団を敷居の上に移《うつ》して、椽側へ半分|身体《からだ》を出《だ》しながら、障子へ倚りかゝつた。
平岡は居なかつた。三千代《みちよ》は今《いま》湯から帰《かへ》つた所だと云
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