ど》に落《お》ちた。代助はすぐ右の手を動《うご》かして咽喉《のど》を抑《おさ》へた。さうして、額《ひたひ》に皺《しわ》を寄《よ》せて、指《ゆび》の股《また》に挟《はさ》んだ小《ちい》さな動物を、鼻《はな》の上《うへ》迄持つて来《き》て眺《なが》めた。其時蟻はもう死んでゐた。代助は人指指《ひとさしゆび》の先《さき》に着《つ》いた黒いものを、親指《おやゆび》の爪《つめ》で向《むかふ》へ弾《はぢ》いた。さうして起《お》き上《あ》がつた。
膝《ひざ》の周囲《まはり》に、まだ三|四匹《しひき》這つてゐたのを、薄《うす》い象牙の紙小刀《ペーパーナイフ》で打ち殺した。それから手を叩《たゝ》いて人《ひと》を呼《よ》んだ。
「御目|醒《ざめ》ですか」と云つて、門野《かどの》が出《で》て来《き》た。
「御茶でも入《い》れて来《き》ませうか」と聞《き》いた。代助は、はだかつた胸《むね》を掻《か》き合《あは》せながら、
「君《きみ》、僕《ぼく》の寐てゐるうちに、誰《だれ》か来《き》やしなかつたかね」と、静《しづ》かな調子で尋ねた。
「えゝ、御出《おいで》でした。平岡の奥さんが。よく御|存《ぞん》じですな」と門野《かどの》は平気に答へた。
「何故《なぜ》起《おこ》さなかつたんだ」
「余《あん》まり能《よ》く御休《おやすみ》でしたからな」
「だつて御客《おきやく》なら仕方《しかた》がないぢやないか」
代助の語勢は少し強くなつた。
「ですがな。平岡の奥さんの方《ほう》で、起《おこ》さない方が好《い》いつて、仰《おつ》しやつたもんですからな」
「それで、奥さんは帰つて仕舞つたのか」
「なに帰《かへ》つて仕舞つたと云ふ訳でもないんです。一寸《ちよつと》神楽坂《かぐらざか》に買物《かひもの》があるから、それを済《す》まして又|来《く》るからつて、云はれるもんですからな」
「ぢや又|来《く》るんだね」
「さうです。実《じつ》は御|目覚《めざめ》になる迄|待《ま》つてゐやうかつて、此座敷迄|上《あが》つて来《こ》られたんですが、先生の顔《かほ》を見て、あんまり善《よ》く寐《ね》てゐるもんだから、こいつは、容易に起《お》きさうもないと思つたんでせう」
「また出《で》て行《い》つたのかい」
「えゝ、まあ左《さ》うです」
代助は笑ひながら、両手で寐起《ねおき》の顔《かほ》を撫《な》でた。さうして風呂場へ顔
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