く》んでゐた。其時代助は左右の二階|家《や》が坂《さか》を埋《うづ》むべく、双方から倒れて来《く》る様に感じた。すると、突然|右側《みぎかは》の潜《くゞ》り戸《ど》をがらりと開《あ》けて、小供を抱《だ》いた一人《ひとり》の男が、地震だ/\、大きな地震だと云つて出《で》て来た。代助は其男の声を聞いて漸く安心した。
 家《うち》へ着《つ》いたら、婆さんも門野《かどの》も大いに地震の噂をした。けれども、代助は、二人《ふたり》とも自分程には感じなかつたらうと考へた。寐てから、又三千代の依頼をどう所置し様《やう》かと思案して見た。然し分別を凝《こ》らす迄には至らなかつた。父《ちゝ》と兄《あに》の近来の多忙は何事だらうと推して見た。結婚は愚図々々にして置かうと了簡を極《き》めた。さうして眠《ねむり》に入つた。
 其明日《そのあくるひ》の新聞に始めて日糖事件なるものがあらはれた。砂糖を製造する会社の重役が、会社の金《かね》を使用して代議士の何名かを買収したと云ふ報知である。門野は例の如く重役や代議士の拘引されるのを痛快だ々々々と評してゐたが、代助にはそれ程痛快にも思へなかつた。が、二三日するうちに取り調べを受けるものゝ数《かず》が大分多くなつて来《き》て、世間ではこれを大疑獄の様に囃し立《た》てる様になつた。ある新聞ではこれを英国に対する検挙と称した。其説明には、英国大使が日糖株を買ひ込んで、損をして、苦情を鳴らし出《だ》したので、日本政府も英国へ対する申訳に手を下《くだ》したのだとあつた。
 日糖事件の起る少し前、東洋汽船といふ会社は、壱割二分の配当をした後《あと》の半期に、八十万円の欠損を報告した事があつた。それを代助は記憶して居た。其時の新聞が此報告を評して信を置くに足らんと云つた事も記憶してゐた。
 代助は自分の父《ちゝ》と兄《あに》の関係してゐる会社に就ては何事《なにごと》も知らなかつた。けれども、いつ何《ど》んな事が起るまいものでもないとは常から考へてゐた。さうして、父《ちゝ》も兄《あに》もあらゆる点に於て神聖であるとは信じてゐなかつた。もし八釜|敷《し》い吟味をされたなら、両方共拘引に価《あたひ》する資格が出来はしまいかと迄疑つてゐた。それ程でなくつても、父《ちゝ》と兄《あに》の財産が、彼等の脳力と手腕丈で、誰《だれ》が見ても尤《もつとも》と認める様に、作《つく》り
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