下《くだ》さい、といふ文句が自《おのづ》から頭《あたま》の中《なか》で出来上《できあが》つた。――けれども代助はたゞ苦笑して嫂《あによめ》の前に坐《すは》つてゐた。

       八の一

 代助が嫂《あによめ》に失敗して帰つた夜《よ》は、大分《だいぶ》更《ふ》けてゐた。彼は辛《から》うじて青山の通りで、最後《さいご》の電車を捕《つら》まえた位である。それにも拘はらず彼《かれ》の話してゐる間《あひだ》には、父《ちゝ》も兄《あに》も帰つて来《こ》なかつた。尤も其間《そのあひだ》に梅子は電話|口《ぐち》へ二返呼ばれた。然し、嫂《あによめ》の様子に別段変つた所《ところ》もないので、代助は此方《こつち》から進んで何にも聞かなかつた。
 其夜《そのよ》は雨催《あめもよひ》の空《そら》が、地面《ぢめん》と同《おな》じ様な色《いろ》に見えた。停留所の赤い柱の傍《そば》に、たつた一人《ひとり》立《た》つて電車を待ち合はしてゐると、遠《とほ》い向《むか》ふから小さい火の玉《たま》があらはれて、それが一直線に暗い中《なか》を上下《うへした》に揺《ゆ》れつつ代助の方に近《ちかづ》いて来るのが非常に淋しく感ぜられた。乗《の》り込んで見ると、誰《だれ》も居なかつた。黒《くろ》い着物《きもの》を着《き》た車掌と運転手の間《あひだ》に挟《はさ》まれて、一種の音《おと》に埋《うづ》まつて動《うご》いて行くと、動《うご》いてゐる車《くるま》の外《そと》は真暗《まつくら》である。代助は一人《ひとり》明《あか》るい中《なか》に腰を掛《か》けて、どこ迄も電車に乗つて、終《つい》に下《お》りる機会が来《こ》ない迄引つ張り廻《まは》される様な気がした。
 神楽坂《かぐらざか》へかゝると、寂《ひつそ》りとした路《みち》が左右の二階家《にかいや》に挟《はさ》まれて、細長《ほそなが》く前《まへ》を塞《ふさ》いでゐた。中途迄|上《のぼ》つて来《き》たら、それが急に鳴り出《だ》した。代助は風《かぜ》が家《や》の棟《むね》に当る事と思つて、立ち留《ど》まつて暗《くら》い軒《のき》を見上げながら、屋根から空《そら》をぐるりと見廻すうちに、忽ち一種の恐怖に襲はれた。戸《と》と障子と硝子《がらす》の打《う》ち合《あ》ふ音《おと》が、見る/\烈《はげ》しくなつて、あゝ地震だと気が付《つ》いた時は、代助の足は立ちながら半ば竦《す
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