と大変|好《い》い心持です」
「どこへ」
 私はどこでも構わなかった。ただ先生を伴《つ》れて郊外へ出たかった。
 一時間の後《のち》、先生と私は目的どおり市を離れて、村とも町とも区別の付かない静かな所を宛《あて》もなく歩いた。私はかなめの垣から若い柔らかい葉を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《も》ぎ取って芝笛《しばぶえ》を鳴らした。ある鹿児島人《かごしまじん》を友達にもって、その人の真似《まね》をしつつ自然に習い覚えた私は、この芝笛というものを鳴らす事が上手であった。私が得意にそれを吹きつづけると、先生は知らん顔をしてよそを向いて歩いた。
 やがて若葉に鎖《と》ざされたように蓊欝《こんもり》した小高い一構《ひとかま》えの下に細い路《みち》が開《ひら》けた。門の柱に打ち付けた標札に何々園とあるので、その個人の邸宅でない事がすぐ知れた。先生はだらだら上《のぼ》りになっている入口を眺《なが》めて、「はいってみようか」といった。私はすぐ「植木屋ですね」と答えた。
 植込《うえこみ》の中を一《ひと》うねりして奥へ上《のぼ》ると左側に家《うち》があった。明け放った障子《しょうじ》の内
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