た幹から、つやつやしい茶褐色の葉が、柔らかそうに日光を映していたりするのが、道々私の眼を引き付けた。私は生れて初めてそんなものを見るような珍しさを覚えた。
先生は嬉《うれ》しそうな私の顔を見て、「もう論文は片付いたんですか、結構ですね」といった。私は「お蔭《かげ》でようやく済みました。もう何にもする事はありません」といった。
実際その時の私は、自分のなすべきすべての仕事がすでに結了《けつりょう》して、これから先は威張って遊んでいても構わないような晴やかな心持でいた。私は書き上げた自分の論文に対して充分の自信と満足をもっていた。私は先生の前で、しきりにその内容を喋々《ちょうちょう》した。先生はいつもの調子で、「なるほど」とか、「そうですか」とかいってくれたが、それ以上の批評は少しも加えなかった。私は物足りないというよりも、聊《いささ》か拍子抜けの気味であった。それでもその日私の気力は、因循《いんじゅん》らしく見える先生の態度に逆襲を試みるほどに生々《いきいき》していた。私は青く蘇生《よみがえ》ろうとする大きな自然の中に、先生を誘い出そうとした。
「先生どこかへ散歩しましょう。外へ出る
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