からそこを一つあなたに判断して頂きたいと思うの」
私の判断はむしろ否定の方に傾いていた。
二十
私《わたくし》は私のつらまえた事実の許す限り、奥さんを慰めようとした。奥さんもまたできるだけ私によって慰められたそうに見えた。それで二人は同じ問題をいつまでも話し合った。けれども私はもともと事の大根《おおね》を攫《つか》んでいなかった。奥さんの不安も実はそこに漂《ただよ》う薄い雲に似た疑惑から出て来ていた。事件の真相になると、奥さん自身にも多くは知れていなかった。知れているところでも悉皆《すっかり》は私に話す事ができなかった。したがって慰める私も、慰められる奥さんも、共に波に浮いて、ゆらゆらしていた。ゆらゆらしながら、奥さんはどこまでも手を出して、覚束《おぼつか》ない私の判断に縋《すが》り付こうとした。
十時|頃《ごろ》になって先生の靴の音が玄関に聞こえた時、奥さんは急に今までのすべてを忘れたように、前に坐《すわ》っている私をそっちのけにして立ち上がった。そうして格子《こうし》を開ける先生をほとんど出合《であ》い頭《がしら》に迎えた。私は取り残されながら、後《あと》から奥
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