町の中を歩きながら、自分の室に凝《じっ》と坐《すわ》っている彼の容貌《ようぼう》を始終眼の前に描《えが》き出しました。しかもいくら私が歩いても彼を動かす事は到底できないのだという声がどこかで聞こえるのです。つまり私には彼が一種の魔物のように思えたからでしょう。私は永久彼に祟《たた》られたのではなかろうかという気さえしました。
私が疲れて宅《うち》へ帰った時、彼の室は依然として人気《ひとけ》のないように静かでした。
三十八
「私が家へはいると間もなく俥《くるま》の音が聞こえました。今のように護謨輪《ゴムわ》のない時分でしたから、がらがらいう厭《いや》な響《ひび》きがかなりの距離でも耳に立つのです。車はやがて門前で留まりました。
私が夕飯《ゆうめし》に呼び出されたのは、それから三十分ばかり経《た》った後《あと》の事でしたが、まだ奥さんとお嬢さんの晴着《はれぎ》が脱ぎ棄《す》てられたまま、次の室を乱雑に彩《いろど》っていました。二人は遅くなると私たちに済まないというので、飯の支度に間に合うように、急いで帰って来たのだそうです。しかし奥さんの親切はKと私とに取ってほとんど無効
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